私の朝は早い。それは別に昔からだから大変だなんて思ったことはないけど。でも朝が早いとひとつだけ心配なことがある。それは、朝きちんと起きないといけない時間に起きられるかどうかということだった。
でも今は心配してない。なぜなら。
「芽衣、朝だよ。起きて〜」
聞きなれた心地よい声で私は眠りの世界から目を覚ます。
柚子が言うには目覚ましをかけてるらしいのだけど、一度もそれで起きたことがないので目覚ましをかけてるということを忘れてしまう。でもいいのだ。どうせ柚子が起こしてくれるんだから。
ちなみに寝ぼけて起きた時に今何時?と言ってしまうことがあるので、柚子は毎朝必ず朝だよ、と言ってくれるようなった。
とりあえず起きたけど頭が働かない。無意識に柚子の顔を見つめていると、柚子が照れくさそうに笑って、
「じゃあたし先にご飯食べてくるね」
その手で頬をなでてくる。その先をちょっと期待したけどそれは柚子には伝わらなかったみたいで柚子は部屋を出ていく。
・・・キスしてほしかったのに。
そう思ったけど今はそれどころではないとその考えを振り払い、とりあえず服を着替えた。

「芽衣、おはよう」
「おはよう」
洗面所でいつも柚子が支度するのを待つのに、柚子がもう支度を終えてるみたいでおまたせ、と言うので、
「ずいぶん早いわね」
私がそう言うと柚子は笑ってこんなことを言う。
「うん。ご飯食べてないからね」
それを聞いてびっくりした。そんなこと初めてだったから。
「どうして?」
不思議に思って尋ねると柚子は首を傾げながら言う。
「うーん。なんか食欲なくて」
柚子が食欲がないなんて珍しい。朝食べないなんて具合でも悪くなったら。そう考えるととても心配になったが、なんて言ったらいいかわからなくて、
「大丈夫?」
とりあえず普通に尋ねてみる。そうすると柚子は、お昼はたくさん食べるからと言って笑った。
まあ、この感じなら大丈夫だろうか。
「玄関で待ってるから」
そう言って柚子が去っていく。私は柚子と学校へ一緒に行くためにも、とりあえず支度を早くすませることにした。

ちょっと歩くとすぐ学校に着く。学校についたら当たり前だけど繋いでる手を離さないといけない。本当は離したくないけどそんなことを言うなんてまるで小さい子供みたいだから絶対に言わない。
「ん?芽衣、どこ行くの?」
「ちょっと生徒会室に用があるから」
「あ、そうなんだ」
生徒会室へ向かおうとして途中で振り返って柚子を見た。今のところ具合悪そうには見えないからきっと大丈夫だろう。
とりあえず、早く用事をすませるためにも早足で生徒会室へと向かった。

「メイメイ・・・じゃなかった、会長。ほら、もう教室へ行きませんと」
「そうね」
そう言って姫子が立ち上がったので私も立ちあがる。
「会長は教室がここからだと遠くて面倒ですわね」
「そうね」
そう、姫子の言う通り、ここから私の教室へ行くにはちょっと遠回りをしなければいけない。
「早く行かないと遅れてしまいますわ」
姫子の言葉にその通りだと思い、生徒会室を出て教室へと急いだ。

教室へ向かうには保健室のほうから周っていかないといけない。
今日は一時限目は数学だったような。そんなことを思いながら歩いていると、
「もう少しだ、頑張れ〜」
なんて声が聞こえてきた。なんだか聞いたことのある声だと思って、うつむいていた顔を上げると。曲がり角から出てきた人影に息を飲むほどびっくりする。
「・・・げ!!」
その声の主は谷口さんだった。でもその隣に柚子がいるのでもっとびっくりする。
谷口さんに寄り掛かる、というかもたれかかりながら、柚子は顔を上げずに、
「え、何?」
と驚いた声を上げる。顔を上げなくてもわかる。柚子の顔色は真っ青だった。
すぐそばに保健室があるから、柚子が具合が悪くて来たのだろうということを一瞬で理解する。
「どうしたの?柚子」
胸が締め付けられるくらい心配なのに、そんなことしか言えない。
「・・・芽衣?」
私の顔も見ずに名前を呼んでくれたことにびっくりする。声だけで、わかるなんて。
「ユズっち貧血みたいなんだよ会長」
だから、そこどいてくれ。谷口さんは冷たく突き放すように私に言った。
私が、怒るとでも思っているのだろうか。谷口さんがまるで敵でも見てるように私を冷たい目でみるのがわからない。
「保健室へ行くのかしら?」
「ん。そういうこと」
私になんてかまってられないとばかりに谷口さんは柚子をつれて保健室へと行く。
谷口さんがいるから心配はないのだろうけど。
私は振り向いて、柚子の元へ駆け付けたいのをこらえて、教室へと急いだ。

1時限目が終わり、もうすぐ2時限目。
私はいてもたってもいられなくなり、廊下にいた先生に申し出た。
「あの・・・すみません」
「あら、何かしら?」
「えっと・・・。あの。姉が貧血で倒れたらしくて・・・」
「え?そうなの?」
「はい。それで、心配なので保健室へ様子を見に行きたいのですが・・・」
「あらー。姉思いなのね〜。いいわよ、いってらっしゃい」
ありがとうございます、とお礼を言い、保健室へと急いだ。

保健室へと入り、あたりを見回す。
どうやら、保健の先生はいないようだった。
柚子はベッドで横になっているのだろうか。そう思ってベッドのほうへと行き、カーテンを開けると。
柚子が、ベッドで寝ていた。どうしようかと思ったがとりあえず近くに椅子を置きそこへ座る。なんとなくその顔をじっと見つめると、さっき見た時よりは顔色はよくなっているようだった。
そういえば柚子の寝顔を見ることはあまりないからなんだか新鮮で、その寝顔を見つめ続けた。柚子は私のことを何かにつけて可愛い可愛いと言ってくれるが、柚子だって可愛いと思う。恥ずかしいから本人には言えないけど。
そんなことを思いながら、私は知らないうちに眠ってしまった。

「おーい。芽衣ってば」
聞きなれた声にはっと目をさます。頬に、あたたかい感触。
「・・・柚子?」
その顔色はもういつも通りに戻っていた。
「もう、大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね芽衣。時間大丈夫?」
「ええ」
柚子がじっと見つめてくるので顔が熱くなり、
「キス・・・」
思わず口走ってしまった。
「え?」
こうなったら言うしかない。
「朝、キスしなかったから」
不思議な顔で見つめてくる柚子。きっと今私は顔が赤くなってるに違いない。
「キスしてたら、体調が悪いって気づけたのに」
「・・・唇の温度でわかるのかな?」
「そうね」
キスしたいって言えばきっと柚子は答えてくれるのに、なんだってこんな回りくどい言い方しないといけないんだろう。
「・・・キス、したかった?」
そう言って柚子は手を伸ばす。その指が私の唇をなぞる。
キスしたいなんて言えないから。わかってほしくて私は黙って柚子を見つめる。
「じゃあ、今してあげる」
がばっと布団をはいて柚子が体を起こして。
近づいてくるその顔に、そっと瞳を閉じた。

「あー。芽衣いいの?食べなくて」
「今食べたら、夕飯食べられないでしょう」
「んー。それもそうだね」
二人で帰ろうとしたら柚子がお腹すいたと大騒ぎするので学校の近くのハンバーガーショップまで来てしまった。寄り道するのがとても抵抗があったが一緒に行こうと柚子がこれまた大騒ぎするので今回だけと心の中で言い訳をしてこうして柚子に付き合っている。
実はハンバーガーショップへ入るのはこれが初めて。入ったはよいもののどうしてよいやらわからずおろおろしていたら柚子が注文してくるから座っててと言ってくれて安心した。
よほどお腹がすいているらしく、柚子は夢中でハンバーガーを食べている。なんか、「マスタードたくさんだとおいしい」などと言っているがよくわからないので適当に相槌をうってアイスコーヒーを飲む。100円のわりには結構おいしいものだと思った。
「あのさ、夕飯何食べたい?」
「いいわよ、何でも」
柚子にまかせるとなるとどうせ辛い料理になるんだけれど。柚子と一緒に食べるようになってから辛い料理ばかり食べてきたのでもう慣れてしまった。
「えー。何でもってのが一番難しいんだけどな〜」
そう言いながら柚子は最後の一口を飲みんで、満腹だなどと呟く。
今満腹になってしまったら夕飯食べられないのではと思ったがもう食べてしまった後だしそれは言わないでおいた。
「さて、夕飯の買い物行くか!」
そう言ってトレーを持って立ち上がった柚子の裾を思わず掴んだ。
「ん?何?」
言おうかどうしようか迷ったが、
「私も・・・」
「うん」
思い切って言ってみる。
「私も、一緒に行ってもいい?」
そう言うと柚子はにっこり笑って私の手をとりぎゅっと握ってくれた。
「もちろんだよ」
柚子の言葉にバカみたいに嬉しくて、心臓が飛び出すんじゃないかというくらいドキドキして。
だから。だから、私は。

・・・私は、あなたに恋をしている。




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