とある休日の朝に私は入院中のお爺様に呼び出されてお爺様のいる病室へと来ていた。行くのはよいのだけどどうして呼ばれたのだろうか。ちょっとわからない。
「あの。お体の具合は大丈夫ですか、お爺様」
病室に入り椅子に座ってお爺様にそう聞いた。
「大丈夫だ。すまないな休日だというのにこんな朝早くからお前を呼び出して」
「いえ。あの。何か私にご用があるのですか?」
「いや、そうではない。お前と話をしたいと思ってな」
「話、ですか?」
「そうだ。入院は退屈でな。話相手がほしいのだよ。ふと思ったのだが私とお前はあまりきちんと話をしたことがないだろう。だからお前と話をしてみたいと思ってな。お前は迷惑かもしれないが」
「いえ、そんなこと・・・」
「お前は話すのが苦手だろう。だから私がお前に色々聞くから答えてくれ」
「はい。わかりました」
少しの間のあと、お爺様が穏やかに私に聞いてきた。
「お前は今いくつになるのだったか」
「・・・23です」
「そうか。仕事は慣れたか?」
「はい、大丈夫です」
「女ひとりで藍原家の事業を継ぐなど苦労するだろう?お前はまだ若いし」
「いえ、慣れてるので・・・」
「慣れてる?」
「はい。学校で上に立つのとあまりやることが変わらないものですから」
「なるほど。人の上にたち運営していくことが同じ、ということか」
「はい」
「そうか。仕事のことでは大丈夫なようだな。では普段の生活はどうしてる」
「?どう、と言いますと?」
「確か家を出てもう独立してると聞いてるが」
「あ、はい。そうです」
「そうか。でもひとりで暮らしていくのは大変だろう」
「?いえ、ひとりではないので大丈夫です」
「何?ああ、今流行りのルームシェアでもしてるのか」
「ルームシェア・・・?」
「何だ知らないのか?お前の年齢なら常識のことだぞ」
「すみません・・・」
「まあいい。簡単に言うと友人とひとつの家に一緒に住むことだ」
「そうですか」
「ルームシェアは物件探しが大変だろう。どこに住んでるのだ?」
「あの・・・」
「ん?何だ?」
「恋人と住むのもルームシェアと呼ぶんでしょうか?」
「いや違う。説明が足りなかったな。シェアだから共有だ。家は一緒だが部屋は完全にわけてほぼ独立して暮らす。それがルームシェアだ。恋人と住むならわけてくらしたりしないだろう、恋人と住むのはただの同棲だ」
「独立してるなら何故ひとつの家に皆で暮らすんですか?」
「一人暮らしだと家賃が高いし不経済だろう。ひとつの家に皆で住んで家賃をわけて払えば安く住める。光熱費などもわけて払うから安い。・・・いやちょっと待て。ルームシェアしているのに何故こんなことぐらい知らないのだ」
「?あ、えっと。ルームシェアはしていないのですが・・・」
「何?じゃ何だ。一体誰と住んでる。ひとりではないと先ほど言ったはずだが」
「恋人と住んでいますが・・・」
「何、同棲してるのか?」
「はい」
「そうか。もうお前ももうそんな年か。・・・ん?確かお前は今23だったな?」
「はい」
「いつから同棲しているのだ?最近か?」
「いえ、高校卒業してからすぐの頃に・・・」
「何、18歳から同棲か、ちょっと早くないか?」
「・・・そうでしょうか」
「ああ。相手が年上だったりするのか」
「いえ、同い年です」
「18歳同士で同棲か?じゃあ出会ったのはいつだ?」
「16歳の時です」
「付き合いはじめたのはいつだ」
「同じです」
「そうか。まったく16歳で何人もと付き合ってたりするのか最近の若いのは・・・」
「?あの・・・」
「何だ?」
「何人もと付き合ってたりはしていませんが・・・」
「ん?何だ。まさかお互い初恋だとでもいうのか?」
「はい。そうです」
「・・・。なら初恋同士で付き合って同棲して今にいたる、というわけか?」
「はい」
「ふむ。最近の若者みたいにくっついたり別れたりを繰り返すような連中とは違ってよいことだな」
「・・・。最近の人はそうなのでしょうか?」
「ああ。私の若い部下連中など見てるとみんなそのようだが。まったく、遊んでばかりでけしからん。・・・でもお前も遊びたい年頃だろう、すまないな家業を継がせて」
「あの・・・」
「何だ?」
「私はもう子供ではないので、遊びたいとは思わないのでお気遣いなさらないでください」
「お前は何を言っている」
「?」
「私が言ってる遊ぶというのは子供が遊ぶという意味ではないぞ?」
「え・・・?」
「何だ。普通の遊ぶの意味がわからないのか?」
「はい・・・」
「そうか。お前は真面目なのだな。そのお前が好くぐらいだからその相手も真面目なのだろうな。似たもの同士というわけか」
「いえ、あの。似てはいません。むしろ全然正反対で」
「何だと?じゃあ一体どこを好いたというのだ?」
「・・・わかりません」
「ああ。何だ。そうか恥ずかしいかそういうこと言うのは」
「いえ、恥ずかしいというわけでは・・・」
「何だ。まさか本当に相手のどこを好きかわからないとでもいうのか?」
「はい。すみません・・・」
「・・・そうか。まあいい。じゃあ、お互い苦労しただろう。共に暮らすとはいえ18から社会に出たのではな」
「苦労、ですか」
「何だ。大変だったろう?」
「いえ。特に大変なことは何も・・・」
「そうか?お前は我慢強いのだな」
「いえあの。何も、特に我慢などはしていないですが。その、相手がすべて全部やってくれますので」
「何?全部やってくれるということはお前は何もせずその相手にすべてまかせてるということか?」
「はい」
「そうか。お前と同い年なのに随分しっかりした人間なのだなその相手は」
「はい。色々と助けてくれます」
「それは頼もしいな。そのような相手と一緒にくらしてるなら私も安心だ」
「はい」
「でもお前は働いているし家事との両立は大変だろう?あまり無理をしなようにな」
「いえあの。家事は私は一切やっていないので大丈夫です」
「何だと?じゃ誰が家事をやるのだ?」
「相手が、やってくれています」
「・・・そうか。今は女が家事をやるという時代でもないのか。でもその相手も仕事しているのか?」
「はい。仕事しています。私よりは忙しくないみたいですが・・・」
「何だ、お前ほどではないにしろ仕事もしてて家事も全部やって他のことも全部やってくれるとは若いのに随分できた人間なのだなその相手は。・・・じゃあ何故だ?」
「?」
「それほどの人間をなぜ私に紹介もできず藍原家をつがせることもできないのだ?」
「それは・・・」
「きっと藍原家をつげるぐらいの能力もあるのだろう?」
「・・・」
「何だ。何故黙る。能力がないとでもいうのか?」
「・・・はい、まあ」
「そうかバカなのか。なるほどな」
「あ、いえバカということは・・・」
「では聞くが、学生時代その相手は勉強はできたのか?」
「いえ、あまり・・・」
「じゃあバカではないか」
「・・・」
「ああ。まあ好いてる相手をバカと言われたらいい気分ではないな、すまない」
「いえ・・・」
「相手のことはわかった。だが、今度はお前のことが心配だ」
「?」
「お前の話を要約すると、相手が何でも全部やってくれるということだろうが、それならお前は何もできないのではないか?」
「え・・・」
「話を聞く限りお前は何もできなくてその相手にやってもらってばかりではないか。そんなことではその相手に捨てられるぞ」
「・・・そう、でしょうか」
「そうだ。その相手はそんなに立派なのだったらモテるんじゃないのか?」
「・・・はい」
「そうだろう。じゃよその女に乗り換えてしまうかもしれないぞ」
「そんなことは・・・」
「お前も少し何かできるようにならないといかん。今のお前ではひとりで生きていけないだろう」
「あの、でも・・・」
「何だ」
「ずっといてくれるとよく言ってくれるのですが・・・」
「男の言うことなど簡単に信じるんじゃない。お前はまだ若いからわらないかもしれないが人を信じて安心してると痛い目にあうぞ」
「男、ですか」
「ん?何だ?」
「あ、いえ・・・」
「つまり、簡単に人を信用してはいけない、ということだ。わかったか?」
「・・・はい」
「よし、わかったならよい。ああ、そういえば」
「?」
「明日は確かお前の誕生日だろう」
「・・・覚えていてくださってありがとうございます、お爺様」
「うむ。何もあげることができなくてすまないな」
「いえ・・・」
「昔お前が3歳の時、私とお前とで誕生日にデパートへ行ったのは覚えているか?」
「え・・・?」
「ああ、3歳なら覚えていないか。それでクマのぬいぐるみ買いたいって大騒ぎしてな。あれにはまいったよ」
「す、すみません」
「それで2つ買うんだってわめいたのは覚えてないか?」
「え、2つ・・・?」
「そうだ。クマがひとりじゃかわいそうだとな」
「・・・」
「さらにそのあとが大変でな」
「え?」
「そのクマが品切れで2つ買えなかったのだよ。だから1つは注文して後日家に届けてもらうようにしたのだが」
「・・・そうですか」
「それが、配達の手違いか何かで1カ月もたってから届いてな。お前が忘れてしまっていたから今も私の家に置いてあるのだよ」
「え・・・。今も、ですか?」
「何だ?捨てたほうがいいか?」
「いえ・・・あの。お爺様」
「どうした。はっきり言いなさい、芽衣」
「・・・」
「・・・」
・・・明日の私の誕生日プレゼントとして、そのクマをください。
俯いて小さい声でそう言った私に、お爺様はわかったと穏やかに答えてくれた。

「あ、芽衣おかえりー!」
「・・・ただいま」
「おじいちゃんどうだった?死にかけてた?」
「あなたね。冗談でもそういうこと言うのやめなさい、不謹慎よ」
「あーごめんごめん。じゃ元気だった?」
「病気で入院してるのに元気なわけないでしょ」
「あっそーか!あははうけるー!」
「・・・」
「ん?芽衣も笑いなよー」
「・・・何が面白いのかしら」
「え?面白いでしょ?」
「いいえ」
「そ、そっか・・・。あ、ご飯はどうしたの?」
「いらないわ。もう夜遅いし食べてきたから」
「ふーん?じゃあもう寝る?」
「そうね」
「じゃ寝ながらおじいちゃんと何話したか聞かせて〜」
「わかったわ」
鼻歌を歌いながら上機嫌で(いつも楽しそうだけど)寝室へ向かう柚子のあとに続く。
ふとお爺様との会話を思い出した。私は、柚子のどこを好きになったのだろう。
・・・。わからないから、まあ今日はもう寝よう。と思いながら寝室へ行ったのだった。

「あはは!なんだおじいちゃん面白いなー!きっと芽衣が心配なんだよー」
私が何もできないから(恋人に)捨てられると。恋人の言うことなど信じるなと忠告されたことを話すと柚子はにこにこ笑いながらそう言った。
「何、あたしに捨てられるかもって不安になっちゃったの?」
「・・・ええ」
「えー何それマジかわいい!あたしが芽衣を捨てたりするわけないじゃん〜」
「でも、簡単に信用してはいけないってお爺様が・・・」
「いやそれあれだよ、おじいちゃんは相手が男だと思ってるからそう言ったんだよ、あたし男じゃないからそんなことないって」
「男の人はそうなのかしら?」
「あー。まあほら男は女の子騙したりするからねえ」
「そうなの?」
「うーん芽衣わかんないかー。まあ気にしないで。おじいちゃんは男女の関係の場合の話をしただけだからさ」
「それはわかったけれど・・・」
「ん?何?」
「私、何もできないから・・・」
「えーそれも気にしてんの?いいじゃんできるほうがやればさ」
「でも・・・」
「ひとりで生きていくことなんてないんだから、心配しないで芽衣」
「・・・ありがとう」
「ふふ。どういたしまして。ん?そういえば明日芽衣誕生日だよね!」
「ええ」
「プレゼント楽しみにしててね!」
「わかったわ」
「あ、おじいちゃんは芽衣の誕生日は知らないのかな?」
「いえ知っていたけれど・・・」
「ん?じゃあおめでとうって言ってくれた?」
「ええ」
「そうなんだ、よかったね〜。プレゼントはくれないのかな?」
「それは・・・」
「ん?」
「・・・」
「え?何?どうして目をそらすの?」
「・・・あの」
「うん?」
「笑わないかしら?」
「う、うん?」
「・・・」
しばらく間があいた後、私は柚子に誕生日プレゼントの話をした。
「・・・!!〜〜!!」
「ちょっと。何悶えてるのよ」
「うーわー!!やばい!!やばいよそれは!!芽衣マジかわいすぎ!!あーだめだ死ぬー!!たーすけてー!!」
「・・・」
「おじいちゃんよく耐えたな!!さすが年配者だ素晴らしい!!うえーマジか死ぬー!」
「あなたね・・・」
「やばいよおじいちゃん芽衣のせいで心臓発作おこして死んじゃうよ〜!!」
「ちょっとやめなさい縁起でもない」
「あーやばい苦しい、うっげー!!」
「笑わないって言ったのに何よ」
「笑ってないよ芽衣がかわいいって言ってるだけだよー」
「バカにして失礼ね」
「してないしてない。あー、しかしその場にあたしもいたかったなあ」
「・・・お爺様が色々言ってくださったのだけどよくわからなくて」
「ん?あたしでよければ答えるよ?」
「じゃあいくつか聞いていいかしら」
「うんいいよー」
「えっと。最近の人はみんな遊んでるって・・・」
「あー。まあおじいちゃんの時代は遊ぶなんてしなかっただろうからね。だから最近の若者は遊んで何だと思ってるんじゃないの?確かに今時はみんな遊ぶの当たり前だからねえ」
「子供じゃないのに遊ぶの?」
「ん?ああ、芽衣わかんないか。大人の遊ぶってのはさ、色んな恋人作ったり夜お酒飲みに行ったりとかそういうかんじだよ」
「みんなそんなことしているの・・・?」
「そうだよー」
「そんな複数恋人作るなんていいのかしら」
「え?違う違う。とっかえひっかえって意味だよ」
「どうしてそんなことするのかしら」
「いやだって恋人ほしいじゃん」
「ひとりの人とずっとお付き合いすればいいじゃない」
「だから別れちゃうからまた別の人探すんだよ」
「どうしてそんな簡単に別れるのかしら」
「うーん。気持ちがさめちゃうからね」
「さめる・・・?」
「んー。要するに好きじゃなくなっちゃうんだよ。そうすると他の人を好きになったりするんだよね。そしたら今度は今付き合ってる人とは別れて、その新しく好きになった人と付き合うってかんじかな」
「そんなものなの?」
「うん。だからおじいちゃんはずっといてくれる約束なんて信じたらいけないって言ったんじゃないかな。それを信じてて相手の気持ちがさめて裏切られたらつらいでしょ?」
「それは男の人だけの話?」
「ん?いや別に男女問わないんじゃないかな」
「・・・」
「あー待った待った、違うよ芽衣、みんなそうってわけじゃないからね?ただそういう人のほうが多いってだけで」
「・・・」
「あー!何悲しそうな顔してんの、違う、違うって。あたしにはそれ当てはまらないからね?あたしの芽衣への気持ちがさめるなんてこと絶対ない、死んでもないよ」
「本当に・・・?」
「うん、ほんと」
「・・・そう」
「あ!じゃあさ!そんなに不安なら今から愛を確かめあ・・・」
「だめ」
「な、何で!」
「私、明日朝早いのよ」
「うう。そんな・・・。今日もせっかくの休日だから一日中しようと思ってたのにできなかったし・・・」
「一日中したいなんてあなたちょっとおかしいんじゃないの?」
「えー?だって芽衣だってしたいでしょ?」
「いいえ」
「げっ。淡泊なんだね芽衣は・・・」
「あなたがちょっと性欲ありすぎなんでしょ」
「そんなことない!普通だよ!」
「ゴールデンウイークの5日間の連休中毎日相手が気を失うまでやるののどこが普通なのかしら」
「うっ。あれは反省してます・・・」
「おかげで連休明け初日仕事するのすごいつらかったんだから」
「はいすいません・・・」
「ついでに言うけれど外でもしようとするのやめてくれないかしら」
「何で?いいじゃん!」
「いいわけないでしょあなたバカじゃないの?」
「い、嫌なの・・・?」
「そういう問題じゃないわよ、外の公共の場でするのがいいわけないでしょ」
「えー。でも・・・」
「・・・」
「わ、わかった。善処するからそんな怖い顔しないでよう」
「昔電車の中でしようとしたでしょ覚えてるわよ」
「い、いやあれはっ。桃木野さんが芽衣と一線を越えたとかいうからあたしも何とかしないとと思ってあせって・・・」
「だからって何で電車で一線を越えなくてはならないのかしら」
「だ、だって芽衣が変な声だすから・・・」
「人のせいにしないでちょうだい」
「わ、わかったごめん。もうしないからさあ」
「・・・しないから、何よ」
「キスだけしてもいい?」
「だめ」
「な、何で!何でー!」
「だから私明日朝早いって言ってるじゃない」
「え?キスだけだよ?」
「嫌よあなたのキスしつこいんだもの」
「そ、それは・・・」
「おやすみなさい」
「うう。わかったよう・・・」
と、寝ようとすると。
「・・・あー!キスしたーいー!!」
「静かにしなさい」
何だよ、などとぶつぶつ言い続けている柚子を無視して私は眠りについた。
明日クマのぬいぐるみがもらえるのが楽しみだな、と思いながら。





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