いつもは生徒会の仕事があるせいで私が柚子より遅く家に帰ることが多いのだけど、その日はたまたま私のほうが柚子より早く家に帰ることができた。お母さんはたぶん仕事なのだろうか当然いない。こんな風に家でひとりきりになるのはとても久しぶりのことだった。
とりあえず部屋に入って着替えて何気なくベッドの上に腰かけた。
そういえば何だか部屋が暗い。帰り道で空が暗かったことを思い出す。もうすぐ雨でも降るのだろうか。柚子が傘をちゃんと持っているといいのだけど。
まだ時計を見ると夕方の4時半だった。ちょっと早いけど暗いから部屋の電気をつけようと思って俯いていた顔を上げた瞬間、いきなり外で雷の落ちる音がして息を飲んだ。
ものすごい音がしたけれどもしかして近くに落ちたのだろうか。
別に雷なんて怖くない。怖くはないけど。なんともいえない不安にかられて部屋の電気を急いでつけようとしたら。
「・・・?」
いくら何回スイッチを入れても明かりがつかないので、たぶん停電したのだろうと思い至った。
この暗闇の中で他に何もやることもなく、とりあえずまたベッドに腰かける。
静まり返った真っ暗な部屋の中でただじっとしているとどうしても昔のことを思い出してしまう。お父さんもお母さんも誰もいなくなってひとりで家で過ごしてたあの頃を。
あの時はまだ子供だったから、だから寂しくて怖くてつらいのだと思っていたけれど、大きくなった今もやはりこんな気持ちになってしまうものなのか。
泣きたい気持ちをぐっとこらえる。どうしよう、柚子に電話をかけてみようか。でも、なんて言ったらいいんだろう。怖いから早く帰ってきてなんていったらあきれられてしまうだろうか。柚子はそんなこと言わないのはわかっているけれど、電話するのはひどくためらわれた。
きっともうすぐ帰ってくるだろうから、それまでほんの少しの我慢。耐えるしかない。
思わず心の中で呟いた。

・・・早く、帰ってきて。お願い。

やばいやばい、帰るのが遅くなってしまった。柚子は家の玄関を開けて驚く。真っ暗だったから明かりをつけようと思ったのにつかなかったから。何だろうと思ったが今雷がすごいから停電でもしてるのかなと思い至る。玄関には芽衣の靴があったので、芽衣が先に帰ってるということに驚いた。いやちょっと待て。停電してるってことは家の全部が真っ暗なはず。芽衣が心配になり急いで部屋に駆け込むと。
「芽衣、いる?」
部屋に入るとベッドに芽衣が座っていた。暗くてその表情はわからない。
「遅かったわね」
その声が泣き声に聞こえたから。あたしはなぜだかひどく胸が痛くなって芽衣の側へと近づく。
「ごめん、遅くなって。ずっと待ってたの?」
「・・・だったら、いけないかしら」
待っていた、ということか。あたしはたまらず芽衣を抱きしめた。
「電話、してくれてよかったのに」
「・・・迷惑かと思って」
不安げな声の芽衣を落ち着かせるようにあたしはその背中を撫で続けた。
「迷惑なわけないじゃん。ていうかさ芽衣。迷惑はかけてもいいんだよ。お互い迷惑かけたりかけられたりする、それが家族ってもんだよ」
「・・・そうかしら」
「うんそう。それに大好きな人に迷惑かけられるのってそれはちっとも迷惑じゃないよ。逆に迷惑かけてくれたほうが嬉しい。芽衣だって大好きな人を助けたり世話したりすることは迷惑だなんて思わないでしょ?そういうかんじだよ」
小さく頷く芽衣が可愛くてあたしはその髪をそっと撫でた。
「芽衣は自分に自信がないんだね。だから嫌われちゃうって怖くなるのかな。芽衣は自分を過小評価しすぎだよ。もっと自信もって?芽衣はすごいよ。あたしの自慢の妹なんだから」
「・・・恋人、ではないのかしら」
「ああ、ごめん。もちろん自慢の恋人だよ?あ、じゃあ」
「?」
あたしは芽衣の唇を指でなぞった。
「恋人らしいことしようか?」
芽衣はあきれたようにため息をつく。
「恋人になる前からしてるのは気のせいかしら」
「やだなあそういう細かいことは気にしない。え、だめ?」
「・・・お母さんが帰ってくるまでなら」
「ん、わかった」
結局、その後ママは帰るのが遅かったから、お腹がすいて耐えられなくなるまでキスをした。



戻る
inserted by FC2 system