いつものように帰宅して部屋に入ると柚子が床の上で気持ち良さそうに寝ていた。片手に本を持っているからたぶん本を読んでいるうちに寝てしまったのだろう。その愛おしい寝顔をなんとなく見ながら考える。
最近どうしてもわからないことがひとつあるのだ。それは柚子を好きになった理由は何か、ということ。私が柚子に恋して好きなことはわかっている。手をつなぐだけでドキドキしたりキスをしたいと思うのも柚子が好きだから。でもじゃあ好きになった理由が何かということが正直さっぱりわからないのだ。好きになるのに理由はないなんて小説で読んだことがあるけれどまさか自分がそれを体験することなるなんて。でも理由がわからないままというのはなんだか気になって仕方がない。皆そうだというならよいのだけど、もしかしたら私だけがわからないのでは、なんて考えてしまう。とりあえずわかる努力はしてみたほうがいいのかもしれない。
なんて考えながら何気なく柚子を見ると、柚子が少し眉をひそめて何だかつらそうな顔をしていて、それを見て胸がしめつけられるような切なさを覚える。こういう時の柚子は昔の寂しいつらい夢を見ていると知っているから。少しためらったが柚子の手をそっと握った。無意識なのだろうけど柚子がキュッと握り返してきて。不意にそうされたせいか異様にドキドキして繋がった手から伝わるのではと思うほど。手を繋ぐと柚子の表情が和らいで安心したように穏やかな寝顔に変わった。今は私がいるけれどそれまで柚子がどれだけひとりで寂しい思いをしてきたかと思うと悲しくなる。
「ん・・・?」
柚子が目を覚ましたようでこちらを見るものだから急いで繋いでる手を離した。
「芽衣、どうしたの?」
「え・・・?」
眠気のとれてない目で柚子が私を見て言う。
「だって、なんか悲しそうな顔してるから・・・」
さっきまで自分だってつらい夢を見ていたはずなのにこの人はやはり自分のことは後回しで周りのことばかり気にかけるのだ。
「別に、何もないわよ」
「そう?ならよかった」
嬉しそうに笑うその笑顔に釘付けになって。こらえきれず柚子を引き寄せ少し強引にキスをした。
「あ、あの。何でいきなりっ」
真っ赤な顔でおどおどする柚子。
「目が覚めるかと思って」
「絶対嘘だ!だってもう目が覚めてるじゃん!」
「まだ覚めきってなかったもの」
「それは起きてるということだよ?」
「うるさいわね」
「うるさくないもん!あーもう仕返ししてやる!」
柚子に強引に引き寄せられて唇を押し付けられる。
「んっ・・・」
嫌ではないので抵抗せずキスを受け入れていたら柚子が調子にのったのか舌を絡める激しいキスをしてきた。胸がきゅっと苦しくなると同時に何故か少し悔しくて柚子を引き剥がす。
「夕飯の準備はいいのかしら?」
「あ、そっか!じゃ夕飯作ってくるね!」
バタバタと急ぎ足でキッチンへと去っていった柚子。柚子がいなくなってもさきほどのキスのせいでまだ動悸がおさまらない。気をそらすためにもその思い悩んでいる「好きになった理由」を考える。柚子の好きなところを思い浮かべると色々と頭に浮かぶ。とても優しいところとか照れくさそうに笑う顔とかその触れると安心する温かい体温とか。でもそれは好きなところであって好きな理由にはならない。いつもわからないことは本で調べたりするけれどまさか自分の恋人を好きな理由なんて本に書いてあるわけないし、しかもこんなこと人に聞くなんてできない。結局夕飯時までそのことについて色々考え続けたのだった。

あっと言う間に寝る時間になってしまった。
解決できないことがあるなんて初めてだから気になって仕方がない。とりあえず布団に入ると柚子も隣にくっついてきた。
向かい合うなり柚子が聞いてくる。
「あのさ。芽衣何か悩んでない?」
やはりこの人にはばれてしまうようだった。
少し迷ったが正直に言う。
「その。わからないことがあって・・・」
うん、と柚子が小さくうなずいて話を聞いてくれる。
「恋人を好きなのはわかってるのだけど、好きな理由というのがわからなくて」
「ああ、それを考えてたんだね。人を好きになる理由なんてないと思うよ?」
「それは小説とかで読んだりしたことはあるのよ。だけどわからないことがあるのがなんだかすっきりしなくて」
「あー。なんか真面目な芽衣らしいね。んっとそうだなあ。例えばさ、芽衣は本が好きでよく読んでいるよね?それでさ、自分が本がを好きなのはわかっても、本を好きな理由はわからなかったりしない?」
「・・・確かにそうね」
「うん。だからさ、人に限らず何かを好きな理由なんてないと思うんだよね。たとえばあたしは辛い食べ物が好きだけど、みんなが好きならわかるけど嫌いな人もいるわけじゃん?だから辛いのが好きな理由なんてあたしわからないよ、それと同じことじゃないかな?」
「そうね。じゃあ私だけがわからないわけじゃないのね」
「もちろんそうだよ。いやでも嬉しいなあ」
「?何が?」
「だって芽衣、恋人を好きなのはわかるって言ったじゃん。初めてあたしを好きだって言ってくれたね」
えへへ、とだらしなく笑う柚子に顔が熱くなり睨みつける。
「言ってないわ、捏造よ」
「えー!言ったよ〜!」
「恋人がって言っただけだもの」
「芽衣の恋人はあたしじゃん!」
「もう寝るから静かにして」
「きょ、強制的な照れ隠しだなあ」
柚子が私を引き寄せ抱きしめる。
恋人にこうされることの幸福感に抵抗する気になれず、その背中にそっと手を回して胸に顔を埋めると柚子の心臓の音が聞こえてひどく安堵して。同時に襲ってきた睡魔に目を閉じる。眠りにつく前に心の中で思った。

・・・柚子を好きな理由はわからないけど。
私は本当に柚子のことが好きなのだ、と。



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