それは本当にささいなことがきっかけだった。

「誰かとやりとりしているの?」
宿題も終わって何気なくスマホをいじってたら芽衣がそう話しかけてきた。
「うん?はるみんとラインしてるんだ〜」
「ライン・・・?」
「んー。メッセージのやりとりみたいなかんじかな」
「谷口さんとお話してるってことかしら?」
「うんそう」
「何を話しているの?」
「別に何話してたっていいじゃん」
「私には言えないようなこと?」
「そういうわけじゃないけど。え、何もしかしてやいてんの?」
「やいてなんかいないわ。ただ楽しそうに会話してるのが気に食わないっていうだけよ」
「それやいてるっていうんじゃないの」
「だからやいてなんていな・・・」
「芽衣、恋人を束縛するタイプだよね、あまりよくないよそういうの」
「いつ私があなたを束縛したっていうのかしら」
「いつもあたしが何したか何してるか気にして口出ししてくるじゃん、そういうの束縛っていうんだよ」
「恋人がふらふら浮気してたら気になるの普通でしょう?」
「あたしがいつ浮気なんかしたっつーの」
「してるじゃない」
「してないよ!」
あたしはなんだか無性に腹がたって、
「もう寝る。明日起こさないからね」
「いいわよ、別に」
お互いそっぽを向いて寝た。いつも繋いで寝てる手も離れたまま。

朝目が覚めたら至近距離に芽衣の顔があってあたしは思わずそっとその髪を撫でた。
あれ?でもちょっとまて。確か昨日お互い背を向けて寝たはず。じゃあれか、まあ寝ている間に無意識にこちらを向いてしまったというわけだろうか。それにしては随分あたしのほうに寄って寝てるけど。
で、起きようとして気が付く。
「・・・ん?」
なんか袖が引っ張られてるような感覚がして寝ている芽衣を見ると。
芽衣の手があたしの手首のシャツの裾をキュッと掴んでいた。やっぱり昨日は手を繋いで寝なかったから寂しい思いをさせてしまったのだろうか。早く謝ろうかな・・・。いや。いやでも。いくらなんでもした覚えのない浮気を疑われてせめられたのはやっぱり腹が立つ。あたしは悪くない、芽衣が謝るべきだ。寒そうに体を縮こませて眠っている芽衣にそっと布団をかけなおしてあげてからあたしは部屋をあとにした。

「ママ、ちょっと芽衣起こしてきてくれない?」
ママにそう声をかける。
「あら。何、柚子が起こしてあげたらいいじゃない」
「いや、それが色々と問題が・・・」
「喧嘩でもしたの?」
「う、うん」
「だめよ芽衣ちゃんいじめたら。柚子はお姉ちゃんなんだから面倒見てあげるのよ」
「わ、わかった」
芽衣のことはママにまかせてあたしは先に学校へ行ったのだった。

「あはは!何だくだらない理由で喧嘩してんなー」
放課後はるみんに詳しく話したら笑われてしまった。
「えーだってひどくない?あたし浮気なんてしてないのにさあ」
「まあでも会長の気持ちわからなくもないけど」
「本当に浮気なんてしてないってば〜」
「いや浮気はしてないかもだけど、ほらユズっちモテるからそう見えるのかもな」
「え?あたしがモテるわけないじゃん何言ってんのはるみん」
「あー。無自覚なのがまたモテる理由なんだなあユズっちは」
「またそんな無理してほめなくてもいいってば。ていうかどうしようまいったなあ」
「謝ればいいんじゃん?」
「やだよ!あたし悪くないもん!」
「じゃこのままでいいのか?」
「うう。それは困るけど・・・」
「じゃ謝るしかないだろ」
「そうなんだけどさあ〜」
結局その日はひとり寂しく帰ったのだった。

謝ろうかどうしようか迷ってるうちにあっと言う間に寝る時間になってしまった。結局芽衣とは一言も喋ってない。つらい、つらいなあ、もうさっさと謝るかな。なんて思いながら芽衣を見るともう布団に入っていた。もう寝る時間だしとりあえずあたしもその隣に潜り込む。
もう芽衣は寝ただろうか。どうしよう、起こしてでも謝るかな。
なんて考えていたあたしの思考はフリーズすることになる。次の瞬間、芽衣が後ろから抱きついてきたから。
「あの・・・」
芽衣が小さい声で話しかけてきたがバカみたいに動悸がして答えられない。
少し間があいて、それから芽衣が話しかけてくる。
「ひどいこと言ってしまってごめんなさい。あなたが浮気とかするような人ではないのはわかっているのだけど、あなたが他の人と仲良くしてるのが嫌でついあんなこと言ってしまったの。本当にごめんなさい」
息が詰まって何も言えないあたしに芽衣がさらに言う。
「あなたが言う束縛というのはよくわからないけれど、あなたがそれが嫌だと思ってるのならしないように気をつけるわ。だから・・・」
少し間があいてから芽衣が消え入りそうな声でつぶやく。
「・・・。嫌いに、ならないで」
「・・・」
しばらくそのまま黙ったまま時間が過ぎたけど。ようやく喋れるようになったあたしは芽衣のほうに振り向いて、
「あたしこそごめん。もっと早く謝ればよかったねごめんね。嫌いになんかならないよ、そんなこと絶対ないよ」
小さく頷く芽衣がかわいくてそっと抱きしめた。
「芽衣ごめんね。本当にごめん」
「私が悪いから・・・」
「そんなことないよ、芽衣に怒るなんてひどいことした。もうしないよ、絶対しない。だから安心して」
「わかったわ」
「あ、じゃあキスしてもいい?」
「・・・あなたね」
「え。だ、だめかな?」
芽衣は少しあきれた風にため息をついてから答えた。
「・・・眠いから、ほどほどにして」
「うん、わかった」
1日ぶりにしたキスはなんだかいつもより甘く感じた。



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