※百合姫2018/4月号ネタバレしています、未読の方はご注意ください。 「・・・」 あたしは読んでいたノートを静かに閉じてため息をついた。 芽衣が何かを悩んでいるのは前から気づいていたけれど。まさか自分の恋心に悩んでいるとは思わなかった。しかもその恋をしている相手が、あたしだったなんて。 芽衣がここまであたしを好きでいてくれていることはすごく嬉しい。泣きたいくらい嬉しい。 だけど、同時にそれにまったく気づいてあげられなかった自分が愚かで憎い。 芽衣はこの決断をくだすまでどれだけ悩んで苦しんだのだろうか。それを思うと胸が痛くなる。 本当なら今すぐ駆けつけて思い切り抱きしめてやりたい。そして、あたしの将来が傷ついたり不幸になるなんてことはないとそう言ってやりたい。だけどそれはしてはいけないのだ。 芽衣がどうしてこういう風にしたかっていったら自分の道を歩むためなのだから。 あたしにもし今会ったら。あたしと一緒にいようと誘ってしまったら。 きっと芽衣はこちらの道を選んでしまうのだろう。 顔を見たら決心が揺らいでしまうから、というのはそういうことなのだろうから。 じゃああたしに今できることはなんだろうと考える。 芽衣と一緒になって幸せになるためにはどうしたらいいのか。 一生懸命考えたが答えはひとつしか思い浮かばなかった。 ――あたしが芽衣を幸せにできるぐらい立派になって芽衣を迎えに行く、と。 その日の休日の朝柚子は明らかにいつもと表情も様子も違った。 これはもしかして、芽衣ちゃんのことを知ったのだなと私はすぐに理解する。 しかしどうやって知ったのだろうか。何か置き手紙でもしていってそれを見たとか。 一番知りたいのは柚子がどう思っているのかということだった。 芽衣ちゃんは指輪をもらったわけだからそのことからしてたぶん二人は相思相愛なのだとは思うけど、柚子はどのくらい本気で芽衣ちゃんを好きなのか。この状況でもまだ気持ちはかわらないのか。そしてこれからどうするのか。朝食を食べてる柚子に声をかける。 「柚子、もしかして」 「ん?」 「芽衣ちゃんのこと、知ったかしら?」 私が言った途端柚子は泣き笑いしながら、 「あはは。わかる?うん、その通りだよ」 「そう」 「んー。ママは全部知ってるのかな。だってあたしに話さないように言われたならたぶん普通わかるでしょ、その意味が」 やっぱりこの子は鋭いな、と思った。 「そうね。言っちゃうけど、芽衣ちゃんに全部聞いたのよ。柚子と、芽衣ちゃんの間のことをね」 「ふーん。そうなんだ」 「あ、芽衣ちゃんには言わないで。柚子には内緒にするって約束したのよ」 「ん、わかった」 「それで、柚子はどう思ってるの?」 「どうって?」 「だから。芽衣ちゃんのことを・・・」 「ああ、そういう意味。もちろん、好きだよ」 「それはこれからも変わらないのかしら?」 「もちろん」 「こんなことがあったのに?」 「え?そんな大事でもないんじゃん?ていうかこんなことくらいで気持ちかわるのならそれは好きって言わないような気がするけどね」 なるほど。つまりこれからも柚子は気持ちはかわらないということだ。 それが分かった途端なんともいえない気持ちが湧き上がってくる。 思わず私はそれを言ってしまった。 「芽衣ちゃんは悪い子だなんて思わないけど、でもちょっとひどくないかしら?結婚がきまってるのに柚子と付き合って。指輪まで受け取ったんでしょ?柚子の気持ちもわかってて、自分の気持ちもわかってて。それって柚子をもてあそんでるようにしか見えないのだけど。いくら言葉にするのが苦手だからってこんな風に突然逃げていなくなるなんて。まだ若いからこんな風にしてしまうかもしれないけど、柚子の優しさにつけこんでるとしか・・・」 「・・・ちょっと、ママ」 「知ってる?自分は結婚しながら柚子と一緒にいられてもそれでもいいって幸せだって言ってたのよ。それって・・・」 ―――バン!!! 辺りに響き渡る大きな物音に驚いて息を飲む。 一瞬何事かと思ったが、柚子の握りしめた拳が視界に入ってきて。 それで、柚子がその拳でテーブルを叩きつけたことを理解した。 「柚子・・・?」 「ごめんママ。お願いだからあたしの前で芽衣の悪口言わないで。じゃないとあたし何するかわかんないから」 初めて見る柚子の怒ってる厳しい顔。 この子でも、こんな風に怒ったりすることがあるのか。 「ごめんなさいつい・・・」 「ん。いやあたしこそごめんねママ。だめなんだあたし芽衣のことになると自分の気持ちコントロールできなくてね」 「そんなに本気なのね」 「うんそう。あのねママの言いたいこともわかるんだ。きっと周りからはこの芽衣の行動はそんな風に見えるんだろうね。あたしは芽衣のことわかってるからそんなこと微塵も思わないけど。でもね芽衣は何も悪くない。悪いのはあたしなんだ。芽衣がこんなことしなきゃいけないくらい追い詰められてることをわかってあげられなかったあたしが悪いんだよ。確かに芽衣は一度もあたしに好きだって言ってくれてないけど。だからってわからなかった言い訳にはならないね」 「え?芽衣ちゃんは柚子に好きって言ってないの?一度も?」 「うん」 「そんな。それはちょっと・・・」 「いや、いいの。芽衣はそういう性格なんだよ。あたしはそれをわかってるし、芽衣のそういうところが好きだしね、それに・・・」 「それに?」 「もう、わかったし」 「え?言われたの?」 「違うよ、ノートに書いてあった」 「ああ。好きって書いてあったのね」 そう言うと柚子はなぜか急に嬉しそうに笑い出した。 「いやそれが書いてないんだよ。あんなまわりくどく長く書かなくたって好きだってひと言かけばいいのにね。照れ屋にもほどがあるよ。ほんとにかわいいね、なんであんなかわいいかな。まいっちゃうよあたし」 この子ちょっと大丈夫か。なんか今度は違う意味で心配になってきてしまった。 「ああ、そうだわ。芽衣ちゃんと約束したのよ」 「ん?何が?」 「柚子と1カ月1度でいいから手紙交換するようにって」 「マジか!うわー嬉しいなそれは」 「ていうかどうするつもりなのよ」 「ん?」 「あきらめるの?それとも・・・」 「ああ、そういう意味。大丈夫だよ、あたしもう決めたから」 「決めた?何を?」 私の言葉に柚子は少しどこか遠くを見ながら言った。 「立派な人間になって、それから芽衣を迎えに行くって」 「・・・なるほどね」 ずっとまだまだ子供だと思っていたのに、知らない間に成長して大人になってしまうものだなとぼんやり思った。 目の前に芽衣から来た手紙がある。 「さて、読むか」 どんなことが書いてあるのだろうか。期待と不安が入り混じった気持ちで手紙を開いてそして読んだ。 【 ――柚子へ。 元気にしていますか?この手紙を読んでいるということは、きっとお母さんからすべて聞いているということだと思うのだけれど。お母さんには隠すことができませんでした、ごめんなさい。よく考 えたらお母さん を騙せるわけないものね。きっとあなたはお母さ んに色々聞かれてせめられたりしたのかしら。あなたのことだか ら私のことをきっとかばってくれてるのでしょう。迷惑かけてごめ んなさい、お母さんともめたりし ないでね。 実は何を書いたらいいのか悩みながらこれを書いてます。とりあえず、私は元気だし何事もないから心配してくれなくて大丈夫です。 ああ、そうだわ。この間姫子とちょっと電話をしたのだけど。あなたのことを色々文句言ってたわよ。また何かしたんでしょう。だめよ姫子困らせたら。わかったら少しは気をつけなさい。 藍原芽衣 】 「あーあ。怒られちゃった」 手紙でまで怒るとは。困った妹だなあ。 あたしはひとしきり笑って、それから芽衣へ返事を書いた。 【 ――芽衣へ 芽衣元気みたいでよかった。あたしも元気だよ。もちろんママも元気。そうだねママには全部バレちゃった ね。迷惑なんてことないよ全然大丈夫。あたしも何書いたらいいのかわかんないなあ。だって手紙なんて書くの初めてなんだよ実は。だからこう、なんか字が間違ってるかもしんないけどその辺は見逃してね。芽衣知ってると思うけどあたしバカだからさあ。 何桃木野さんなんか言ってるって?何だろうあたし何にもしてないよ。あ、でも確かに毎日怒られてるけどね。そんな怒んないでよ気をつけるからさ。あ、そうだ。この間のことなんだけどさ――】 ・・・あたしは、自分の頬に涙がつたっていることには気が付かないふりをした。 |