「あーもう。かわいいなあ・・・」 柚子は手元に置いてある写真を見て、ため息をついた。 その写真は芽衣のパパ(今は柚子のパパでもあるが)が送ってきてくれたもので、まだ小さい子供の頃の芽衣が遊園地で熊の着ぐるみ・・・じゃなかった、ベアーンの・・・いや着ぐるみか。に、笑顔で抱き着いているのが写っていた。 最初見た時はあまりのその可愛さに悶え死ぬかと思ったが、その写真を見た後で現在の芽衣を見ると何ともいえない気持ちになる。 「笑ってんの、そういえば見たことないなあ」 あんな芽衣でもバカ笑いすることはあるのだろうか。柚子の記憶の限りではそういう芽衣は見たことがない。見たことがないどころか普通の笑顔ですらも思い浮かべることができない。そのぐらい、芽衣は笑わないのだ。正確に言うと、芽衣はめったに感情を表にださないタイプなので、笑顔に限らず常にポーカーフェイスだなと思う。 「泣き顔は見たことあるけどなあ・・・」 そう、泣き顔じゃなくて笑顔が見てみたい。一体どうしたら笑顔を見られるのだろうか。・・・くすぐる以外で。 一生懸命考えこんでいると遠くでただいま帰りました、という声が聞こえてきた。 「うわ!やばいこれ隠さないと!!」 こんなの見たら芽衣は余計に笑ってくれなさそうなので、急いで写真を隠し、芽衣を迎えに玄関まで早足で歩く柚子だった。 「ね〜、芽衣〜」 「・・・何?」 二人とももう寝ようと布団に入った時だった。 柚子の問いかけに少し眠たそうな声で答える芽衣。 「夕飯の時ママが言ってたんだけど、明日は晴れのち雨で運がよければ虹が見られるかもしれないんだって」 「・・・貴方、虹見たことがないの?」 「うんないよ〜」 「そう」 「ん?芽衣はあるの?」 「ええ」 「へえ〜。すごいね。いつ見たの?」 「小さい頃、・・・父と」 どこか遠くを見つめながら言う芽衣は昔を懐かしんでいるようだった。 「そっか。じゃ、明日見られたらいいね」 「そうね」 そう呟いたかと思うとすぐに寝息を立て始めた芽衣の額に、起こさないようにそっとキスをした。 「おやすみ、芽衣」 「・・・ユズっち。ユズっちってばおい!」 今は体育の授業中。ボーっとしてたからはるみんの声で我に返った。 「え?なになに??」 「次ユズっちの番だろ〜」 「げ!やばい!行ってくるー!!」 そう、50m走のタイムを計ってるのだった。 ちなみに名字が一緒だから、芽衣とは順番も一緒になる。 そういえば、運動も万能なんだっけ芽衣は。 そう思いながら先に走る芽衣をなんとなく見つめる。 すると、芽衣が走る番だった。 「芽衣頑張れ〜!!」 しまった。学校では名字で呼ぶんだっけ。 口をふさいだがもう遅い。 一瞬だけなんとも言えない表情で柚子のほうを見たかと思うとすぐに真顔になり、芽衣が走り出す。 「・・・げ。早っ!」 結構いいタイムなんじゃないか。そう思っていると聞こえてくる先生の声。 「はい、タイム7秒ちょうどね〜」 ひ〜!!はえーなおい。 それにくらべてあたしは・・・。 スタートラインに立つ柚子に先生が声をかけてくる。 「同じ藍原さんなんだから7秒目指しましょね〜」 「えー!無理っすよ〜!」 そうこう言ってるうちにスタートの合図で慌てて走る柚子。そして。 「あら。残念」 「え?な、何秒ですか・・・?」 「8秒ね」 「そ、そんなぁ・・・」 何かで芽衣を追いかけたら追いつけないのか。 悲しい。それは非常に悲しい。 そんなことを思っていると。 「・・・ん?雨??」 突然大雨が降りだして、皆キャーなんて言って慌てて教室へと戻る。 芽衣も可愛らしい悲鳴をあげて走るのかな、なんて思って期待して芽衣のほうを見ると。 冷静に髪を掻き上げながらゆっくりと教室へと戻っていく芽衣だった。 「うう、今度はお化け屋敷にでもつれていけば可愛い悲鳴が聞けるのかなあ・・・」 そんなことを呟きながら、強くなってくる雨に濡れないよう芽衣のあとを追って教室へと急ぐ柚子だった。 「ユズっちじゃあな〜」 「うん。はるみんまた明日〜」 さて、帰るか。学校の玄関を出ると、いつの間にか雨はやんでいた。 「ああ、雨やんだのか・・・」 と、何気なく空を見るとそこには。 「・・・え??」 雲と雲の間から見える、七色の円の橋。 それが虹だと理解するのと同時に、初めて見る虹に感激する柚子。 「うわあ、初めて見た・・・」 なんて、綺麗な。と、思っていてはっと気が付く。 「そ、そうだ!!芽衣!芽衣に教えてあげないと!!」 芽衣が見たら廊下は走るなと言われそうな勢いで、柚子は芽衣がいるであろう生徒会室へと走って行った。 「芽衣!!いる!?」 ドアを乱暴に開けて入ってきた柚子に、芽衣は何事かと柚子をまじまじと見る。 「柚子、一体・・・」 なに。そう言い終えないうちに柚子は芽衣の手をとり、 「いいから早く来て!!」 生徒会室に窓はない。だから、玄関までダッシュだ!! 有無を言わさず必死に芽衣の手を引いて走る柚子に学校の廊下を初めて走る芽衣だった。 そして上履きのまま外へと飛び出す。 「ほら、芽衣!早く見て!虹だよ!!」 そう言われて芽衣は空を見上げる。 そこには、くっきりと綺麗な虹がかかっていた。 「・・・」 二人で、黙ったまま虹を眺める。 手は、繋がれたまま。 「・・・綺麗」 そうだね、と言おうとして芽衣の顔を見ると。 「え・・・」 そう、とても嬉しそうな芽衣の笑顔。 そうだこの笑顔がずっと見たかった。 ・・・このまま、時が止まればいいのに。 虹が消えるまで、芽衣は空を見上げて、柚子は芽衣の初めて見る笑顔を見つめ続けた。 「芽衣、いいの?一緒に帰っても」 二人手を繋いで、帰宅の路を歩く。 「今日は、もう仕事は終わったから」 「そうなんだ」 こうして二人きりで手を繋いで帰れるなんて嬉しいな。柚子は繋いでいる手を揺らしながら歩く。 「・・・あの」 「うん?」 芽衣が聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で言う。 「・・・ありがとう、柚子」 お礼を言われて一瞬何のことかと思ったが虹のことだとすぐに理解して、 「どういたしまして」 にっこり笑って柚子が言うと、また黙って歩き出す二人。 「芽衣」 「・・・何?」 ニコニコ笑いながら柚子は芽衣の顔を覗き込むようにして言う。 「虹と、あたしとどっちが好き?」 するとしばらく困ったような顔をして、そして俯きながら芽衣は小さく呟いた。 「どっちも・・・」 芽衣の言葉に嬉しくなって、柚子は繋いでる手に力を込めた。 |