「芽衣、いる〜?」
理事長室のドアを勢いよくあけて入ってきた柚子に私は顔をあげずに答える。
「いるの、見たらわかるでしょ」
「そうだねあはは笑える〜!」
「・・・」
「ん?面白くない?」
「ええ」
「そ、そっか。何してんの?」
「生徒会の仕事してるのよ、見たらわかるでしょ」
「冷たいなあ、もっと優しく言えない?こう、あれだよ。『作業できなくなるからそんなに見つめないで』とかさあ!」
「あなた妄想ばかりしてないで少しは現実みなさい」
「だって現実の恋人が超冷たいんだもーん」
「じゃあなたの妄想通りの恋人にでも乗り換えたら?」
「嫌だ!それは嫌だ!!」
「冗談よいちいち叫ばないでちょうだい」
「芽衣〜!!」
「叫ばないでって言ってるでしょ」
「芽衣そんなに怒ってばかりだと疲れちゃうよ?あ、カルシウムが足りないのかも。よし今日の夕飯はそういう献立にし」
「いいから少し黙って」
「あ、照れてるんだね。うんうん。大丈夫、あたしはわかってるからね。だってこの間エッチしたとき・・・」
私はそれ以上言わせないために柚子を黙らせる方法を実行した。
「ちょ、な、何を、んっ・・・!」
押し付けた唇が離れて、
「はい。静かにします・・・」
静かになった柚子に私はため息をついて、それからまた手元の書類を見つめる。
「あ、あの。それはいつ終わるのかな?」
「なんでそんなこと聞くのかしら」
「一緒に帰りたいんだよう」
「・・・もう少しかかるわよ」
「じゃ待ってる!」
「いいわよ先に帰ってても」
「そ、そんな。もしかして一緒に帰るの嫌なの?」
「そんなこと言ってないでしょ」
「いやだからそこはさ。素直にこう言うんだよ。『一緒に帰らないと嫌なの』ってね、えへへ」
「いちいち妄想するのやめなさい」
「いいじゃん!」
「何開き直ってるのバカじゃないの」
「え?あたしバカだよ利口に見える?」
「・・・」
堂々巡りのバカバカしい会話にため息をついたその時だった。
「・・・っ!」
唇に痛みが走って思わず手をやる。
「ど、どしたの芽衣?大丈夫?」
痛んだ部分に触れた指先を見ると血がついていたので、唇が切れたのだなと理解した。
「げ!血じゃん!痛い?痛いよね?」
泣きそうな顔をして柚子が顔を覗き込んでくる。
「どうしよっかな。あたしリップ今持ってないんだよ。しまったなあ」
大丈夫、と答えようとしたのだが痛くて話せない。
「えー。なんとかしないと。うーん」
「いいわよ我慢するから」
痛みをこらえて話すと柚子はうなって考え込むふりをする。
なんか嫌な予感がした。
「あ!!」
「何?また妄想?」
「いや現実だよ」
「何が・・・?」
「いやだから応急処置しようかなと思って」
「?」
柚子の手がすっと伸びてきて私の顎をそっと持ち上げる。ゆっくりと重なる唇に反射的に目を閉じた。
その舌が唇を執拗になぞる感触にたまらず柚子の袖をギュッと掴んだ。
「んっ・・・」
割って入ってくる舌の感触は何度経験しても慣れなくて。柚子はその舌までとても熱いことをきっと私以外に知る人はいない。頭が真っ白になってこれ以上続けられるとどうにかなってしまいそうで怖くなり柚子の体を引き剥がす。
「これで家に帰るまで大丈夫だね」
「・・・ばか」
「えへへ」
応急処置の意味がわかって顔が熱くなる。
「妄想を実行するのやめてくれないかしら」
「え?妄想じゃないよ応急処置だってば」
だめだ。何を言っても無駄なのだ。私はため息をついた。
「あ、もちろん家でもしてあげるからね!」
「あなたそれしか考えることないの?」
「うん!」
なんか頭痛くなってきた。バカバカしい早く帰ろう。と、帰る準備をしようとすると。
「あれ?作業はもういいの?」
「明日にするわ。集中できないし」
「そっか!さっきのキスがそんなに気持ちよかったわけだね!」
「・・・」
「い、いや冗談だよそんな人殺すような目でにらまないでよう」
「帰るわよ」
「待ってよあたしも帰るよー。あっそうだ!」
「?」
「あのね今日ママ帰るの遅くなるんだって、さっきメールきたんだよ」
「・・・それがどうかしたの」
「ん?だから、心置きなくキスを・・・え、だめ?」
「・・・好きにしなさい」
「やったー!」
嬉しそうに帰る支度をしている柚子を見ながら思った。
・・・本当は嬉しいと思ってることは一生内緒だ、と。




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