私は最近どうかしている。何がどうかしてるって、それは。 簡単にひとことで言ってしまうと、柚子のことが可愛くて仕方ないのだ。 どうしてそう思うのか。考えなくたってもうわかっているのだけど。 私はため息をつきながら帰宅して玄関のドアを開ける。 「・・・ただいま」 家に入るなり先に帰ってたであろう柚子がすごい勢いで走ってくる。 「芽衣おかえり〜!」 「・・・」 嬉しそうににこにこ笑う柚子がかわいくて私は思わず目をそらした。 「なんかもう暑いよね〜」 「・・・そうね」 「もう蚊がいてさ、食われちゃったよ」 「え?どこを?」 驚いて柚子の顔を見ると。 「ここだよここ」 そう言って柚子が自分の頬をひっかく。 「・・・どうしたらそんなところさされるのよ」 「え?知らないよ蚊に聞いてよ」 「・・・。あまりかかないほうがいいわよ跡になるから」 「え、じゃ芽衣がかいてくれる?」 「やめなさい気持ち悪い」 「あたしは芽衣が蚊にさされたらかいてあげるからね!」 「だからそういう気持ち悪いこと言うのやめてくれるかしら」 「しかしあれだね。蚊はなんでさすのかねえ」 「・・・あなたそんなことも知らないの?」 「え?芽衣知ってるの?」 「誰でも知ってると思うけど・・・」 「そ、そうなんだ」 「蚊って人間の血を吸って生きてるのよ。で、人間の吐く二酸化炭素を頼りに来るのね」 「へえ・・・」 「こんなことも知らないなんてちょっと問題よ」 「人間知らないほうが幸せだったりするけどね」 「無知すぎるのもどうかと思うけど」 あはは、なんてにこにこ笑う柚子の顔を思わず見つめてしまった。 「・・・」 「ん?あたしの顔になんかついてる?」 柚子の言葉で、彼女に見惚れていたことに気づく。 「別に何でもないわ」 「あ、かいてくれるの?」 「だからそういう気持ち悪いこと言うのやめなさい」 「そういう恋人は嫌い?」 「・・・わかったから意味なく近づかないでくれるかしら」 「え?抱き着いたほうがいい?」 「・・・」 「じょ、冗談だよそんな殺人鬼みたいな目でみないでよう」 「何だか焦げ臭いにおいがするのだけどいいのかしら」 「げ!!そうだ料理してるんだった!!」 慌ててキッチンへ走っていく柚子に私はため息ついて自分もリビングへ向かう。 もし。あの時見惚れていたことを指摘されなかったら私はどうしてただろうか、と思いながら。 夕飯はたいていいつも二人きりで食べる。 特にこの春の時期は年度末だしお母さんの仕事がとても忙しいらしく余計こういう機会が多いのだった。 それは別に全然かまわないのだが。 「あのさ、あたし辛くないカレーって許せないんだよね。だってカレーで甘口っておかしいじゃん?なんでカレーが甘いんだよみたいな」 「・・・」 しゃべり続ける柚子にとりあえず適当に頷く。でも、何か答えなくてはと思い口を開く。 「別に、甘いのが好きな人もいるんじゃないの」 「え?だってカレーが甘いんだよ?もうそれカレーじゃないじゃん。デザートじゃん」 「そんな極論言ってないでしょ」 「ん?何極論て」 「・・・」 気のせいか頭痛くなってきた。とりあえずカレーを食べることにする。 「もうちょっとこれ甘くしたほうがいい?」 「・・・甘いのは許せないんじゃなかったかしら」 「いやでもこれさ、大辛なんだよね」 「え?そんなに辛いのこれ」 「ん?これでもひかえてるんだよ。本当はね30倍とか食べたいんだけど」 「そんなの食べたら胃にくるわよ」 「胃に?なんで・・・?」 「・・・」 なんだろうこのバカバカしい会話。でも何が怖いって。この会話を楽しいと思っている自分が実は一番怖かったりするのだ。あともう一つ怖いのは。せっかく柚子が色々話してくれているのに答えられないこと。口下手な自分が嫌になる。そんなことはないとは思うのだがいつか愛想をつかされるかもと思うと怖い。 なんて思いながら柚子を見るとその口元にカレーが(どうやってついたのか謎だが)ついていたので、 「・・・ちょっと、柚子」 「ん?」 「ここ、カレーついてるわよ」 「あ?えっと・・・」 「右に」 「右?んー?」 「ちょっと右わからないの?」 「えっと。箸もつほうが右・・・、あっ今スプーンだあはは」 「・・・」 いらいらして、思わず私は自分の手を柚子の口元に伸ばした。 「め、芽衣?」 柚子の言葉に我に帰る。 「・・・別にとってあげただけよ、何かいけないかしら」 「い、いやいけなくはないけど。あ、それ食べていいよ」 「だからそういう気持ち悪いこと言うのやめなさい」 「え?口移しのほうがいい?」 「・・・」 「ご、ごめん冗談だよ、そんな犯罪者見るみたいな目で見ないでよう、ってあれ?芽衣どこいくの?」 「ちょっと手洗ってくるから」 「いいよあたしが舐め・・・」 「・・・」 「嘘、嘘だよそんな怒らないでよう」 私はため息をつきながら手を洗うために洗面所へむかった。 まったく困った姉だな、と思いながら。 「痛いよ痛いよー」 「・・・バカじゃないの」 もう寝る時間なので一緒に布団に入ったのはいいのだが、あのあと柚子はカレーに唐辛子を入れて食べたらしく(いなかったので止められなかった)胃が痛いとうめいてるのだった。 「だから、辛いのを食べると胃に悪いって言ったじゃない」 「なんで?何で辛いのだめなの?わかんないよー」 「あのね。香辛料とかって胃を痛めるのよ。刺激っていうとわかりやすいかしら」 「それ早く言ってよー」 「言った気がするのだけど・・・」 「痛いー!!」 「ちょっと、大丈夫?」 「うー・・・ん」 あまりにも柚子が苦しんでるので思わずその背中を撫でた。 「えへへ。なんかくすぐったいなあ」 だめだ。可愛すぎて苦しい。こんな風に思う私はもう重症なのかもしれない。 「もう辛いの食べすぎるのはやめなさい、わかった?」 「はーい」 「痛いのなおったかしら?」 「うん、芽衣のおかげでだいぶおさまったよ」 「・・・じゃ離れてくれるかしら」 「いやだ!今日はこのまま寝るんだもん!」 「・・・暑いのだけど」 「いいじゃん芽衣冷たいんだから」 「もう寒くないもの春だし」 「じゃあ汗だくになるスタイルで」 「だからそういう気持ち悪いこと言うのやめなさい」 「あ、キスしてもいい?」 「・・・あなたね」 「え?だめ?だめなの?」 「・・・」 そういう可愛い仕草をするのはやめてほしい、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。 「好きにしなさい」 「やったー!」 近づいてくる唇に目を閉じてキスをした。 やっぱりかわいいな、と思いながら。 |