今は放課後。今日は生徒会の仕事もないので図書室に来ていた。本を読むのは好きだし勉強するのも好きだから図書室はよく利用する。
「どうしたものかしら」
私は読んでいた本を閉じてため息をついた。読んでいたのは「恋愛心理学入門」。なんでこんな本読むかというと。柚子と恋人同士になって半年。いい加減きちんと柚子のことを理解しないといけないと思ったからである。だって柚子があれだけ私のことを理解してくれているのに私が柚子のこと理解しないわけにはいかない。というわけでとりあえずそれらしき本を読んで勉強しようと思ったのにすぐに壁にぶち当たってしまった。
そうよく考えたら恋愛のことを解説してる本はみんな男女の恋愛が対象なのだ。
一応は何かの参考になるかと読んだことは読んだのだか何も参考にならなかった。他にも色々手当たり次第本を読んだけど何もわかることはなかった。勉強してもわかることができないなんて初めてだ。どうしたらいいのかと思ってふと思いついた。彼女をよく観察すればわかるのではないか。百聞は一見にしかずというし。じゃあ明日から早速。私は今持っている本を返却して早く家に帰ることにした。

で、翌日。ただいま授業中。本当は朝から観察したかったけどちょっと眠くてできなかったので今から開始だ。でも柚子は私の後ろの席にいるので見えない。どうしたものかと思っていたら。
「藍原さん」
先生の声に我にかえる。で、返事しようと思ったら。
「藍原柚子さん」
ああ、私じゃなくて柚子なのか、とひとり納得していると。
「え?あの。あたしですか?」
「そうよ。たまにはあなたが答えなさい」
「あっいやでも同じ藍原でもあたしはその」
「いいから、答えなさい」
「先生強引に行くタイプなんですね」
「答えなさい!」
「は、はい」
「今やってる授業で1番簡単な問題にしてあげるから」
「やったー。先生優しいなあ」
「今の内閣総理大臣の前の人は誰?」
「ま、前?え?今じゃなくて?」
「そう。前ね」
「あ・・・、安倍さん?」
「それは今でしょ。その前はって聞いてるの」
「あのそれ1番簡単な問題てすか?」
「みんな知ってるわよ。じゃほら知ってる人手あげて」
私もだけど皆手をあげてる。なんか知らないけど頭抱えたくなってきた。
「み、みんなわかるんだ。マジか」
「わからないの?」
「はい・・・」
「仕方ないわね、じゃ藍原芽衣さん答えて」
「最初からそうしたらよかったんじゃ・・・」
「黙って」
「はい・・・」
先生がこちらを向いて私に答えろと促してきたので私は答える。
「野田佳彦です」
「はい、正解ね」
「うわ芽衣すっげー天才〜」
「柚子さんはもう少し勉強しましょうね」
「は、はい」
私はため息をついた。何がわからないかっていったら彼女はけして理解力のないバカではないのに何故勉強しないのか、それがわからないのだ。勉強がそんなに嫌なのだろうか。私にはどうしてもわからない。
「あ、じゃあ藍、・・・いや芽衣さん。歴代総理大臣全部黒板に書いてくれる?」
「はいわかりました。あ、同じ人も書くんでしょうか?」
「そうね」
「わかりました」
「え?同じ人って何?」
「柚子さんは静かにね」
「す、すいません」
みんなクスクス笑っている。なんかちょっと本当に頭痛くなってきた。
「あ、ちょっと待って。黒板に書ききれないかもだから、口で言ってもらってもいいかしら?」
「はい、わかりました」
で、答えようとしたら。
「え、歴代総理大臣って黒板に書けないくらいいるんだ」
と柚子の呟きが聞こえて私はため息をつきたくなるのをこらえながら答えを述べたのだった。

「ねえ、芽衣ちゃん」
「はい」
生徒会のせいで帰宅が遅くなりご飯を食べてもうこんな時間になってしまった。結局柚子のことは何もわからなかった。仕方ない、また明日から考えよう。と思っていたところ、お母さんからかけられた言葉に息を飲むほどびっくりする。
「芽衣ちゃんは恋人とかいないの?」
飲んでたお茶を吹き出しそうになったがなんとかこらえる。なんて答えたらよいかわからず戸惑っていると。
「あら、そんなに焦るってことはいるのね。いいわね。まあ芽衣ちゃんなら可愛いから恋人くらいいるわよねえ」
なんでわかるのだろうかと思って、考えついた。そうだ、この人に聞いたら教えてくれるもしれない。ずっと年上だからきっとなんでも知ってるはず。柚子はまだお風呂からでてこないみたいだし、私はわらにもすがる思いでお母さんに話してみることにした。
「あの。ひとつ聞いてもいいですか?」
「あら、いいわよ何でも聞いて?」
「その。わからないんです」
「何がわからないのかしら?」
「相手のことが・・・」
「ああ、芽衣ちゃんの恋人がってことかしら?」
「はい」
「わからなくてもいいんじゃないかしら。芽衣ちゃんはまだ若いんだし」
「でも、その。相手は、私と同じ年で。なのに私のことすごくわかってくれるんです。それなのに私はその人のことがわからないのはおかしいかと思って・・・」
「あら真面目な芽衣ちゃんらしいわね。じゃ、その人のことわかろうとしてるわけね」
「はい。でもわからないんです。努力はしてみたんですが」
「そうね、その人はきっと芽衣ちゃんとは全然違うタイプの人なんじゃない?だからわからないのかしらね」
なるほどそのとおりだ。でもそしたら柚子からしたら私が自分とは違う人間なはず。じゃあ何故彼女は私のことがわかるのか。
「芽衣ちゃんはその人のことが本当に大好きなのね」
「え・・・?」
「だってそんなに知りたいわかりたいなんて好きだからでしょ?」
お母さんの言葉にバカみたいに私は納得した。そうだ、お母さんの言うとおりだ。私は、柚子のことが・・・。
そこまで考えて恥ずかしくていたたまれない気持ちになり、
「すみません、部屋に戻ります」
「そう?じゃおやすみなさい、芽衣ちゃん」
「はい。おやすみなさい」
ありがとうございました、と部屋に戻る前に振り返って頭を下げた私をお母さんは笑って頷いてくれた。

結局柚子は長風呂して(風呂の中で遊んでいたらしい)もう寝る時間になってしまった。結局何も解決はしてない。ああ、まったくもうなんでこんなに悩まなくてはいけないのだバカバカしい。これもみんな柚子のせい、私は悪くない。
「芽衣、まだ起きてる?」
「ええ」
なんとなく柚子のほうに体を向ける。見つめあう形になると柚子は照れくさそうに笑った。
「あのさ」
「何?」
柚子がためらいがちに聞いてくる。
「・・・芽衣、何かあったの?」
その言葉に息を飲む。
「どうしてわかるの?」
驚いてそう聞くと、柚子は「やっぱり当たってた」なんて言って、
「わかるよ芽衣のことなら何でも」
この人には私はかなわないのかもしれない。私はため息をつきながら、正直に言ってみることにした。
「あなたのことを知ろうと思ったの。でも、色々調べても考えてもわからなくて」
「あー。勉強してわかろうとするなんて芽衣らしいね。でもどうして急にあたしのことわかろうなんて思ったの?」
「だって、あなたは私のことなんでもわかるじゃない。なのに私はあなたのことがわからないから」
「あはは。まあほらあたしお姉ちゃんだからね!長く生きてるからだよ」
「誕生日1ヶ月しか違わないじゃない」
「うーんそうなんだけどねえ」
わかるのが普通なのだろうか。そうだとしたらわからない私はどこか欠如でもしているのか。
「深刻に一人で考え込むのは芽衣の悪いクセだね。そんなに悩むとハゲちゃうよ。もっと気楽にさ、ね?」
悩んでるんじゃない。私はただ柚子のことを理解してもっと知りたいのだ。
「あー。でも嬉しいなあ」
「嬉しい?」
「あたしのことがわかりたい知りたいなんてあたしに興味があるってことでしょ?嬉しいよ」
「・・・」
「え?違う?」
「・・・違わないわ」
「えへへ」
「ヘラヘラ笑うのやめてちょうだい」
「ごめんごめん。でもあたしも芽衣のことでひとつだけわからないことあるよ?」
柚子の言葉に驚く。彼女もわからないこととは何だろう。
「何がわからないの?」
私が聞くと柚子は照れくさそうに笑って答える。
「・・・芽衣はあたしのこと好きなのかなって」
「えっ」
私は思わず柚子の手をとった。
「あなたは、私が好きでもない人と恋人になるとでも?」
「そうだね、わかってるけど。でも」
二人ただ見つめあう。
「芽衣、好きだって言ってくれないから」
「・・・じゃあ、今言うわ」
「あ、いや。別に無理しなくても」
「私、は・・・」
好き、と言えばいいだけなのにその一言がどうしても出てこない。繋いでる手に力が入る。
「いいよ芽衣、無理しないで」
「・・・ごめんなさい」
「あー。いいって。いつか言ってくれれば」
「いつかっていつまでかしら」
「死ぬまでに言ってくれればいいよ」
「それは死ぬまで一緒にいる前提よね」
「嫌?」
「嫌じゃないわ」
「ふふ、よかった。あ、ねえ」
「?」
「キスしたらわかるかもしれないよ」
「それ、あなたの欲望でしょ」
「だめかな?」
もう息がかかるくらい顔が近い。
「・・・眠いから、早くして」
そう言うのと同時に押し付けられた唇と激しい口づけにその背中に腕をまわして答えた。

・・・いつか、必ず言葉で言うから。それまで待ってて、柚子。




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