あーあ、まったく今日は散々な1日だった。
あたしは駅を出て、家までの道を歩く。もう今は夜の10時。外は真っ暗で周りの駅ビルの明かりが夜景となっていた。近くの川辺に街灯の光が反射してなんだか幻想的だなと思った。
今日は法事があって休日だというのに朝からママと遠くまででかけていたのだ。あたしの家の法事だから芽衣は来られない。
こういう時は再婚てやっかいだなと思う。ひとりで家で待っているからと芽衣は言ってくれたけどその顔はとても寂しそうで。胸が押しつぶされる思いだったけどまあ法事にでないというわけにもいかず、仕方なく遠くに足を運んだのだった。
ちゃんと食事は用意して行ったけれど。きっと寂しい思いをして待っているのかなと思うと泣きたくなってきた。
そうだ、芽衣がかわいそうなんじゃない。あたしが芽衣に会えなくて寂しいんだ。いや、今は泣いてる場合じゃない、早く帰らないと。
一秒でも早く芽衣の顔が見たい。見て会ってそして。
ああ、そんなこと考えてないで家まで急がなくては。もう夜遅いのだ。と、急いで歩き始めたところでスマホが鳴った。公衆電話からだったのでびっくりして慌てて出る。おかしいな、ママはまだ帰れないはずだし(ビール買ってるらしい)ママが公衆電話なわけないし、誰だろう。
「もしもし?」
そう言って電話に出たあたしは返ってきた返事に心臓が飛び出すんじゃないかってくらいびっくりする。
「・・・柚子?」
聞き間違いのない、芽衣の声。
「芽衣?え、どうしたの?なんで公衆電話?」
「ちょっと、その。・・・あなた、今どこにいるの?」
「え?んー。今は駅から家まで歩いてる途中なんだけど」
「じゃあ川の近くあたりかしら?」
「うんそうだね。っていうかなんで公衆・・・って、あっちょっと芽衣!」
切れてしまった。なんだ?どういうことだ?わけがわからずあたしは立ち尽くしていると。
「え・・?」
後ろから、人が走ってくる音がして振り返る。そういえばこの近くに公衆電話が。いや、まさか。でも、その姿が街灯の明かりに浮かび上がってあたしは息を飲む。
「芽衣?」
なんで。どうしてここに?と言いたいのに言葉がでてこない。会えて嬉しいはずなのにバカみたいに胸が苦しくて痛い。
「あの。・・・私」
立ち尽くして何も言えないあたしに芽衣はゆっくり近づいてくる。なんだ、何であたしは何も言えないんだろう。
「迷惑だと、思ったんだけれど」
触れられる距離まで近づいた芽衣の手は真冬だというのに手袋をしてなくて。たまらずあたしはその手に自分の手を添える。その手はとても冷たかった。
「何か、あったの?」
やっとで声を絞り出してそうあたしが言うと。
「そうじゃないわ。何もないけれど、その」
切ない表情で必死に訴えようとする芽衣にあたしは胸が痛くて何も言えずかわりに芽衣の手をそっと包み込んだ。
「・・・あなたに、どうしても会いたくなって」
潤んだ瞳で芽衣がそんなことを言うものだから。まるで魔法にかけられたように何も言葉がでてこない。
「ごめんなさい、わがままを言って」
何か言わなくては、芽衣が自分がいけないと誤解してしまう。あたしは距離を縮めて芽衣を見つめてうるさい鼓動に耐えながら必死に言葉を紡ぐ。
「わがままなんて。芽衣、あたしも。あたしも、ね」
小さく頷く芽衣。もう、お互いの白い吐息がお互いの口元にかかる。
「芽衣に、会いたかったよ」
芽衣の頬が赤いのは寒さのせいかそれとも。
あたしはたまらなくなってそっと手を伸ばして芽衣の髪に触れた。
「冷たいね」
触れた感覚があまりにも冷たかったのであたしは思わずそう言った。
「寒いから・・・」
「ん?だって、芽衣は家にいたんじゃないの?」
あたしの言葉に芽衣は少し戸惑った風な表情で言った。
「電話、・・・かけてもいいか迷って」
「えっ。じゃ、もしかして公衆電話の前にずっといたの?」
「ええ」
「そんな。寒かったでしょ?」
「ごめんなさい」
謝る芽衣にあたしは必死に首を振って答える。
「違う、違うよ責めてるんじゃなくて。あたしも、会いたかったから。だから」
お互い金縛りにあったみたいにただ見つめ合う。
「じゃあ、一緒ね」
「ふふ、そうだね。ねえ」
あたしはそっと芽衣の頬に手を添えた。
「キスしてもいいかな?」
少しの沈黙の後芽衣は小さい声で言う。
「冷たいわよ」
「いいよそんなこと」
あたしが言うと芽衣が目を閉じる。
そっと唇を押し当てるとやっぱりいつもより冷たかった。
「やっぱり冷たいな」
「あなたは温かいけれどね」
「じゃ、あたためてあげる」
今度は舌を絡めあう深いキス。熱くなるまで続けようと思ったのに芽衣があたしを引き剥がす。
「芽衣?」
「寒いから・・・。あとは家で」
本当に寒いらしく、肩をすくめる芽衣を見てあたしは微笑んだ。
「ふふ、そうだねわかった」
手をしっかり繋いで夜道を歩き出す。
「ねえ、芽衣」
「何?」
「帰ったら、全身温めてあげるね」
あたしの言葉に芽衣はあきれたように言う。
「あなたの頭の中そういうことしかないのかしら」
「そういう恋人は嫌い?」
「別にそんなこと言ってないでしょ」
えへへ、なんて笑うあたしにあきれたように芽衣はため息をつく。
寒いから、風邪でも引いたら大変だ。早く帰ろうと二人手を繋いで少し早足で歩く。
「あっそうだ」
振り向いた芽衣にあたしはその耳元に囁いた。
「芽衣。・・・大好き」
そう、なんてそっけない返事をしてそっぽを向いてしまった芽衣だったけど。少し覗いて見える耳が真っ赤なのを見てあたしは嬉しくなって芽衣に気づかれないように小さく笑ったのだった。





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