それを見てしまったのは本当に偶然の出来事だった。
その日は珍しく前の晩から大雪がふって早朝に学校から今日は休校だと連絡があった。さらにそのあと私の仕事も休みになった。それなら柚子と芽衣ちゃんとたまにはのんびり家で三人で過ごすのも良いかもしれない。そう思って早く知らせてあげようと二人の部屋へ行った。まだ寝てるだろうから二人の寝顔を見るのも悪くない。そう思いながら足音をたてないようそっと部屋に入りそして寝ている二人を見て私は息を飲んだ。
柚子と芽衣ちゃんが抱き合って眠っていたから。寄り添って寝てるぐらいならともかく、お互いの背中にお互いの手がしっかりとまわされていた。これは何だろうと考えを巡らせる。いくら仲が良くても姉妹でここまでしっかり抱き合って寝たりするものなのか。しかも二人は本当の姉妹ではないし。まさか。まさかとは思うが二人は・・・。
「うーん・・・」
柚子が起きそうだったのであわてて部屋から出る。でも気になってドアをほんの少しだけ開けたままにして聞き耳をたてる。
「あーよく寝たなあ。芽衣起きなよ?」
「起きてるけど」
「え?珍しいね自分で起きるなんて」
「今日は大雪らしいから気になって」
「あ、そっか。学校休みになるといいなあ」
「休みになったら何するつもり?」
「1日中キスするに決まってんじゃん」
「・・・あなたね」
「え?だめ?」
「だめって言ったってやるんでしょ」
「大丈夫、首にキスマークつけたりしないから」
「あなたの頭の中ってそういうことしかないのかしら」
「そういう恋人は嫌い?」
「そんなこと言ってないでしょ」
そんな二人の会話を聞いて確信せざるを得ない。二人が気づくといけないのでとりあえずその場を立ち去った。


「・・・」
まだ朝早いから二人は起きてこないのでひとり頭を抱えて考える。考えてみると思い当たるふしはいくつもあった。柚子は恋愛関係の関係の話を一切しないし好きな男の有名人の話もしない。一緒にテレビを見ることもよくあるのにこのタレントかっこいいとかも言ってるのも聞いたことない。17歳の女子高生がそんなことあるものだろうか。あれ?でも確か芽衣ちゃんは恋人がいたような気が。でも記憶が正しければその恋人が男だとは言ってないししかも相手が自分と同じ年だと言ってなかったか。それに確か芽衣ちゃんはずっと女子校にしか通ってないはず。同じ年の男の子と仲良くしかも恋人になる機会などないのでは。これらの疑問は二人が付き合っているのだとしたらすべて納得がいく。
それに何より、抱き合って寝ていたこととあとそのあとに聞いた会話からしてもう間違いはないようだった。
なんだかショックだ。二人がそういう関係だからではなくて、柚子が私にそれを隠していることがなんだかショックでとても寂しい。まあ恋人が女の子でしかも義理とはいえ妹だなんて言いにくいというのはわかる。わかるけれど。もしかしたらいずれは言ってくれるのかもしれないけれど。そういうことって大事な人間には打ち明けるものではないのだろうか。娘を恋人にとられるのはこんな気持ちなのかもしれない。なんだか柚子が遠くに行ってしまったような気持ちになって、深くため息をついた。


「ちょっと柚子、芽衣ちゃんはどうしたの?」
朝食後、そのまま食卓でスマホをいじってる柚子に問いかける。
「ん?あ、なんか片付けないといけない書類があるんだって」
「そう。柚子は何かやることはないの?」
「えー?ないよ超ひまだよあはは」
「芽衣ちゃんの作業は時間かかりそうかしら?」
「そうみたいだけど。え、何でそんなこと聞くの?」
「ちょっとね、ママ柚子と話したいことがあるのよ」
「へ?いいけど、何?」
「話したいっていうか、聞きたいんだけど」
「う、うん?」
「正直に答えてくれる?」
「うん・・・?」
柚子がスマホを置いて何を言われるのかといった表情でこちらを見る。
「今朝実は早朝に学校から電話があったの、大雪だから今日は休校だって。それを知らせようと思ってそのあとすぐに柚子達の部屋へ行ったのよ。まあ勝手に入ったのは悪かったけど」
「え。寝てるところ見たってこと・・・?」
「そう」
柚子の顔から笑いが消える。この反応からしてやっぱりななんて思った。
「あなた達抱き合って寝てたでしょ」
「あ、いやあの。ほ、ほら!なんか芽衣が怖い夢見たみたいでさ!それで・・・」
「そのあとドアの側であなた達の寝起きの会話聞いてたのよ」
「・・・」
「ズバリ聞くけど、柚子と芽衣ちゃんはそういう関係なの?」
「そ、そういうって・・・」
「だから恋人同士なのかって聞いてるのよ」
「ち、違う違う。ほら、ちょっと恋バナしてただけだよ」
「そういう内容じゃなかったでしょ。はっきり言いなさい柚子」
「えっと・・・」
あきらかに動揺している柚子を見てなんだかなあと思った。そんな態度をしたらそうだと言っているようなものなのに。まったく正直でわかりやすい子だなと思う。
「ママごめん・・・」
「本当ってことね?柚子と芽衣ちゃんは恋人同士ってことなのね?」
「うん・・・」
「わかったわ。言ってくれてありがとう」
「え。あ、あの。怒らないの?」
「怒らないわよ。寂しいだけよ」
「寂しい・・・?」
「娘を恋人にとられるのは寂しいのよ」
「そ、そうなんだ」
「しかしなるほどね。芽衣ちゃんの恋人って柚子だったのね。確かに同い年だものね」
「え?芽衣からなんか聞いてるの?」
「前に芽衣ちゃんから相談されたのよ。恋人のことがわからないって。その時芽衣ちゃんが相手は自分と同じ年なんだてって言ってたの」
「そっか、ママを信用してるんだね芽衣は」
「親として忠告するけど、女の子同士だと結婚もできないし子供も産めないわよ?周りだって認めてくれないし後ろ指さされるし。まだ若いし一時的な感情で付き合っているなら別れたほうがいいんじゃない?それに・・・」
「あー。話さえぎってあれだけどひとつ聞いていい?」
「?」
「あのさ。ママはあたしに幸せになってほしい?」
「当たり前でしょ」
「そっか。じゃあ言うけどあたしは好きな人とずっと一緒にいられるのが一番幸せなんだよ。で、あたしは芽衣が好きなんだ。だからあたしに幸せになってほしいのなら芽衣と付き合うななんて言わないで。まあ言われても従えないけどね」
意思の強い言葉に驚く。そんなに本気ということだろうか。
「じゃあもしママが芽衣ちゃんと別れろって言っても聞かないってこと?」
「うんそう。別にママ以外の誰に言われても聞かないよ。ていうか誰かに別れろって言われたから別れるんじゃそれは本当に好きなんじゃないような気がするけどなあ」
「まあそうね。でも芽衣ちゃんのほうはどうなのかしら。柚子と同じ気持ちならいいんだけど」
「芽衣は遊び半分で誰かと付き合ったりするような人間じゃないよ」
「それはそうだけど。じゃあ芽衣ちゃんは柚子に好きだってはっきり言ってるのね?」
「いや言ってないよ。ほら芽衣って言葉にするの苦手じゃん?」
「確かにあまり言わなそうね」
「言わなそうどころか1回も言ってないけどね」
「えっ何それ。1回もって。何で言わないのかしら」
「いやなんかどうしても言えないみたいだよ。でもかわいいよねそれ」
言えないのがかわいいとは。柚子はちょっとかわいいの基準がおかしいのだろうか。
「でも柚子は幸せでも芽衣ちゃんが幸せかどうかわからないじゃない」
「あー。この間芽衣言ってた、あたしがいればそれで幸せなんだって」
柚子の言葉に驚く。二人はそんなにも愛し合っているのか。まだ出会って1年半たたないぐらいなはずなのに。いつの間にそんなことになっていたのだろうか。
「まあでも。女の子同士でしかも姉妹で恋愛するとまあどうしても問題があるよね。あたしも芽衣もそれでたくさん悩んできた。今までも色々あったしきっとこれからも色々あるんだろうね。でも何があろうとあたしはもう心にきめてるから」
「何を・・・?」
「あたしが芽衣を幸せにしてあげるって」
「・・・でも芽衣ちゃんは女の子なのよ。だから普通に男の人と結婚したほうが幸せなんじゃないかとは思わないの?」
「うーん。それはあたしも悩んだけどね。ママは知らないかもだけど芽衣みたいなお嬢様って生まれた時から婚約者がきまってたりするんだよね。もちろん芽衣もそうなんだけど」
「え?じゃあ何、芽衣ちゃんは今男性とお付き合いしてさらに柚子とも付き合ってるってこと?」
「あー。違う違う。結婚することはきめられてはいるけど付き合ってはいないよ。芽衣もそれで悩んだみたい。まあ解決したからよかったけど」
「そんな。婚約者がいたのに柚子とも恋人になろうなんて失礼じゃない?」
「いやだって、その婚約者ってのは芽衣がきめたわけじゃないし。あたしは嬉しかったけど」
「なんで嬉しいのよ」
「え、だって嬉しくない?その婚約者よりあたしを選んでくれたんだからさ。しかも芽衣怖くて言えなかったんだって」
「怖い?」
「うん。婚約者がいるのにあたしと付き合ったってことがあたしにばれたらあたしが芽衣を軽蔑するんじゃないかってそれが怖くて言えなかったんだって」
「それが何で嬉しいの?」
「だって嫌われたくない軽蔑されたくないっていうのはあたしのことが好きだからでしょ?嫌いな相手に嫌われたくないなんて思わないじゃん?」
この子は本当にまだ17歳なのだろうか。人の気持ちのわかる子だとは思ってはいたがちょっと感心してしまう。そういえば芽衣ちゃんが前に私に相談してきたときに、相手は自分と同じ年なのに自分のことがなんでもわかると言っていたのを思い出す。なるほどこういうことかもしれないなと思った。
「あ、そういえばパパにも今度芽衣ちゃんのこと報告してきたら?」
「ん?あ、もう報告してあるから大丈夫だよ」
「えっそうなの?なんて報告したの?」
「んーと。妹だってパパに言ってそれから・・・」
「それから?」
「・・・あたしにも、守るものができました、って」
「なんかあんた男らしいのね」
「えー?やだなああたし女なんだけど」
「まあいいわ。ところでひとつ聞きたいんだけど」
「うん?」
「ママはわからないけど女の子同士で付き合うって何するのかしら」
「何って。別にそういうのは男女と変わらないんじゃないかなあ」
「そう?でも違うことあるんじゃないの?」
「えー?まああるかもだけどあたしは芽衣としか付き合ってないからわかんないなあ」
「すばりどこまでいってるの?」
「そそ、それはちょっと・・・」
「だめよやりすぎたら」
「ママはあたしを何だと思って。あ、ママ芽衣には言わないでね」
「え?どうして?」
「いや芽衣はたぶんママが知ったってわかったら悩んじゃうよ。ママに申し訳ないってね」
「そうかしら」
「そうだよ。芽衣って結構マイナス思考だからなあ」
「そうなの?まあわかったわ、芽衣ちゃんには言わないでおくわね」
「うんそうして」
なんて話てたら足音が聞こえてくる。芽衣ちゃんが来たようだった。
「?あ、ごめんなさい。二人で何か話をしてるなら・・・」
「あら、大丈夫よ芽衣ちゃん気にしないで。柚子の成績悪いみたいだから注意してただけだから」
「人を傷つけてごまかすスタイル」
「柚子静かに」
「親の支配権を振りかざすわけだね」
「失礼ね親をけなすなんて」
「真実をうけいれよう!」
「じゃママも真実言うけどあんたバカでしょ」
「うんそうだよー」
「いやね誰に似たのかしら」
「ママ遺伝て知ってる?」
「ママもパパもバカじゃないわよ」
「じゃ出生を確認しないとね」
「あら血液型大丈夫なのに」
「偶然血液型があってるのかもよ?」
「でもママが生んだんだからそんなわけないでしょ」
「産む前までの交際関係を思い出し」
「やめなさい昼前からそんな話し」
「じゃ夜に言えばいいんだね」
「まったくあんたは。育て方間違えたかしら」
「子は親を見て育つって言いますが」
なんて言い合ってると芽衣ちゃんが困ったように言う。
「あ、あの。お昼ご飯を・・・」
「あらそうねお昼食べないとね。ごめんなさいね芽衣ちゃん柚子がぐだぐだうるさいから」
「また人をけなして煙にまくわけだね」
「お昼もう作ってあるから」
「無視かよ」
「3人分持ってくるからちょっと待っててね芽衣ちゃん」
「3人なのに3人分じゃなかったらホラーだね」
困ったようにおどおどしながら席についた芽衣ちゃんとまだぶつぶつ言ってる柚子をおいて私はお昼をとりにキッチン行ったのだった。


お昼を食べ終わった後で柚子がコーラがないなどと大騒ぎしたあげく近くの自販機まで買いに行った(大雪だけどかまわないらしい)ので、今芽衣ちゃんと私と二人きりなのだった。
食後のお茶を飲んでいる芽衣ちゃんにどうしようか迷ったが思い切って話を聞いてみることにする。
「芽衣ちゃん、今時間大丈夫かしら?」
「?あ、はい。大丈夫です」
「ちょっと芽衣ちゃんに聞きたいことがあるの」
「?」
本当は柚子のことを好きなのか本気なのかと問い詰めたいところだけど、まあかわいい芽衣ちゃんにそんなことするのはかわいそうなのでやんわりと優しく問いかけてみる。
「あのね。柚子に聞いちゃったんだけれど、芽衣ちゃんと柚子は恋人同士なんですってね」
「え・・・」
飲んでいたお茶を置いてひどく驚いた顔でこちらを見る芽衣ちゃん。まあ予想通りの反応ではあるが。
「柚子が言ったんですか?」
「ああ、違うのよ。今日ね早朝に大雪で休校だって電話があったから知らせようと思って二人の部屋に行ったのね。で、抱き合って寝てるところを見たものだから」
「?・・・あの」
「え?」
「それでどうしてわかったんですか?」
「・・・だって。抱き合って寝てたらわかるでしょう」
納得いかなそうな顔をしている芽衣ちゃんを見て思った。もしかして芽衣ちゃんは鈍いのだろうか。
「あのね、芽衣ちゃん。恋人同士でもない限り抱き合って寝たりなんてしないのよ普通」
「そうなんですね」
「そ、そうなのよ。それでまあ色々柚子に聞いたのね二人のことを」
「・・・すみません」
「そんな謝らなくていいのよ芽衣ちゃん、私は全然怒ってなんていないのよ?ただね、なんだか寂しくてね」
「寂しい、ですか」
「そう。なんていうか自分の娘が隠し事してるってことも恋人に、芽衣ちゃんに柚子をとられちゃった気がするのも寂しいのよね」
「ごめんなさい・・・」
「ああ、だから怒ってはいないのよ、それは安心してね芽衣ちゃん」
「はい」
「それでね。なんていうかこう。柚子に聞いたんだけど芽衣ちゃんは柚子に一度も好きって言ってないって本当かしら?」
「はい・・・」
「柚子の話を聞く限りではちゃんと芽衣ちゃんは柚子を好きなことはわかるのよ。だから不思議なの、どうして一度も言わないのかしら?」
「言わないといけないとは思うんですが・・・」
「そうねえ。普通そう思うわよね」
「でも、どうしても言えないんです」
「あら。なんでかしら?」
「言う時はちゃんと、柚子を見て言わないといけないので」
「まあそれはそうね」
「それで。そうすると柚子も私を見ますよね」
「そうねえ」
「そうすると、苦しくなって言えないんです」
「え。つまり柚子が自分を見てると苦しくなるってことかしら?」
「はい」
ちょっと、それはすごいかもしれない。そこまで芽衣ちゃんは柚子を好きということか。普段の様子からは全然それは感じられないけど。
「そう、まあ柚子のことをちゃんと好きだってことはわかったわ。でも、一体柚子のどこをそんなに好きになったのかしら?」
「・・・わかりません」
「え?わからないってそんな。じゃどうして柚子のことが好きだってことがわかったの?」
「本に書いてあったので・・・」
「ほ、本?何の本かしら?」
「心理学の本に書いてあったんです」
「あらどんな内容の本かしら」
「恋愛心理学入門、という本に・・・」
「そ、そう。それはどこで買ったの?」
「いえ、学校の図書室で借りて読みました」
「・・・」
つまり柚子を好きだということを図書室の本を探して読んで調べてわかった、ということだろうか。それってものすごい頭が固いというか真面目すぎる気が。
「ま、まあちゃんと柚子が好きなのね安心したわ。でもね芽衣ちゃん女の子同士は結婚できないのに大丈夫なの?」
「?」
「だからその。芽衣ちゃん学院継ぐし家を継ぐわけでしょう?男手がいないって頼れる人がいないから大変じゃないかしら?それにほらやっぱり芽衣ちゃんみたいなこうお嬢様の家柄とか環境だと結婚しなかったらすごく色々言われたりするんじゃない?」
「そういうのは慣れてるので大丈夫です。それに・・・」
「それに?」
「柚子がいてくれれば、それだけで頑張れるので」
「・・・」
そんなに柚子のことが好きなのだろうか。柚子もまあ本気で芽衣ちゃんを好きなようだし。まあそれならそれでいいのだろうか。
「まあ二人が本気だってことがわかったから聞くけれど」
「?」
「柚子とはどこまで行ってるのかしら?」
わざとにやけて言ったのに芽衣ちゃんは不思議そうな顔をする。
「?どこまで・・?」
「あの、芽衣ちゃん?まさかどこまでって意味がわからないの?」
「・・・すみません」
「あ、あら別に怒ってるんじゃないのよ。そうわからないのね、へえ・・・」
柚子のどこが好きなのかわからないこともそうだけどもしかして芽衣ちゃんてかなり鈍感なのだろうか。でも芽衣ちゃんは頭はとてもいいはずなのだけど。ちょっとなんかよくわからない。
「あ。なんか柚子が帰ってきたみたいなので・・・」
「あら。ほんとねなんか玄関のほうで音がしたものね。あ、芽衣ちゃんこのことは内緒ね」
「?」
「柚子に言われたのよ、芽衣ちゃんには言わないでくれって」
「わかりました。じゃあ、あとは後日また・・・」
「え?もういいわよ全部聞いたもの」
「そうですか?」
「そ、そうよ?」
きちんとすべて話し合いをしないといけないなんてやっぱり芽衣ちゃんは真面目すぎるかもしれない。とここでちょっと疑問に思った。この二人どう考えてもあわない気がするのだが。
なんて思ってると柚子が帰ってきたみたいでリビングに入ってくる。
「ただいまー!」
「柚子あんたコーラひとつ買いにいったはずなのに何かしらその袋は」
「あ、これはね、しばらく大雪かもしれないからコーラ買いだめしてきたんだ〜」
「そんなコーラばかり飲んだら体壊すわよ」
「ママまで芽衣みたいなこと言うんだね」
「体を心配して言ってるのよ」
「大丈夫だよ普通のじゃなくてゼロカロリーの飲んでるから」
「カロリーがなくたってコーラが体にいいわけないでしょ」
「まだ健康気にする年じゃないもん〜」
「あら。それはママが年だっていいたいのかしら」
「気にしてるからそう思うんだよあはは」
「柚子、お母さんに失礼よ」
「あら芽衣ちゃんはやっぱりわかってるわね?」
「社交辞令を真に受けるタイプだねママは」
「夕飯の準備してくるわね」
「無視かよ」
また昼間と同じく困ったようにおどおどしている芽衣ちゃんとまたぶつぶつ言っている柚子を置いて夕飯を作りにキッチンに行ったのだった。


「やっぱりママの料理はおいしいなあ」
「あら。たまにはいいこというじゃない」
「じゃそれ以外は悪いことしか言ってないんですかね」
夕飯を食べ終わってそんな会話をしていると。芽衣ちゃんが私達がもめてると思ったのが話に入ってくる。
「あの。あまり喧嘩は・・・」
「あら違うわよ芽衣ちゃん。ただ柚子が変なことわめいてるだけだから」
「責任をなすりつけるスタイル」
「芽衣ちゃん確か明日早いんでしょう?もう9時半だから寝たほうが」
「あたしには気づかいないんだね」
「だってあんたほっといても大丈夫だし」
「ほっといて育てたせいでこんなかんじになったんだけど」
「芽衣ちゃん寒いから暖かくして寝てね」
「娘の片方をひいきしまくるスタイル」
「柚子うるさいわよ」
「真実が耳に痛いんだね」
「あんたは少し芽衣ちゃんを見習ったら?」
「見習うと家事が一切できなくなりますがそれは」
「やめなさい芽衣ちゃんを悪く言わないの」
「あたしを悪く言うのはいいんだね」
なんて言い合っていながら何気なく芽衣ちゃんを見ると、眠いのかうとうとしている。
「芽衣ちゃんここで寝たらだめよ、部屋いかないと」
「うん、この間なんて芽衣ご飯食べながら寝たしね」
「心配だわ芽衣ちゃんが寝冷えして風邪でもひいたら」
「実の娘の方にもその優しさをわけたらどうですかね」
「ほら柚子部屋に連れて行ってあげなさい」
「はいはい。芽衣は手がかかるなあ」
「あんたお姉ちゃんでしょ」
「うん、生年月日1ヶ月しか違わないうえ血がつながってなかったりするけどね。ほら、芽衣部屋いくよ?」
眠いのかふらつく芽衣ちゃんを支えながら柚子達は部屋に行った。
そんな二人を見てしみじみ思った。二人が恋人同士なんてやっぱり想像つかないな、と。


眠い私にあわせてくれているのか、柚子が一緒に布団はいってきてくれる。
「芽衣寒くない?大丈夫?もうちょっと暖房強くしようか?」
「大丈夫よ別に」
ならよかった、なんて言って柚子が布団をそっとかけてくれる。
私を心底愛おしそうに見つめてくる柚子を見てふとさっきのお母さんとの会話を思い出した。お母さんはきっと私が本当にきちんと柚子を好きなのか確認したかったのではないか。1度も好きと言ってないと聞いたらまあ普通はそう思うのだろうし。やっぱり1度でいいから言葉で言わなくては。そう思ってきちんと言おうと柚子に近づいて、その顔を見つめる。
「・・・柚子」
「ん?」
向かい合って名前を呼んだのだから当然なのだけど柚子も私を見つめてくる。
「あの・・・」
「うん?」
早く言わないと。苦しくなって言えなくなる前に、早く。
「・・・」
言おうと思うのに喉でせき止められてるかのように言葉が出てこない。
好き、とたった一言いうだけなのに。
結局そのままずっと見つめあう形になって。やっぱり柚子に見つめられると胸がバカみたいに苦しくなる。あまりの苦しさに耐えかねて私は視線をそらしてしまった。
「ん?芽衣?」
「・・・ごめんなさい」
私が謝ると柚子が焦ったように言う。
「え?な、なんで謝るの?芽衣何にも悪いことしてないじゃん?」
「だって・・・」
「あー。何か気にしてるのかな?大丈夫、あたしは何とも思ってないよ」
私を安心させるように微笑んでそう言ってくれる。
その優しさに余計罪悪感を感じて。思わずそれを言った。
「私は、あなたに何もしてあげてないし何もお返しをしてないから・・・」
そう言うと柚子が少し驚いた顔をしながら言う。
「芽衣、それは違うよ」
「え?」
「してあげないととかお返しないとなんてそんなのおかしいよ、それじゃ対等の関係じゃないじゃん。恋人同士とか家族とか姉妹とかってそんな風におかえししたりしてあげたりしなきゃなんて気をつかわなくちゃいけない関係なの?違うでしょ?お互い一緒にいたくて一緒にいる。ただそれだけだと思うよ」
「・・・」
「芽衣はなんかあたしにしてもらってばかりって思ってるみたいだけどさ。芽衣はきちんとあたしが芽衣にしてほしいことにすべて答えてくれてるんだよ気づいてないかな?」
「そうかしら?」
「うん。たとえばさ。あたしが最初うちに戻ってきてくれっていったら戻ってきてくれたし。名前で呼んでほしいって言ったら名前で呼んでくれたし。一緒に寝てくれるようにもなったし。あとこうやってあたしの気持ちに応えてくれて恋人同士にまでなってくれたじゃん。自分じゃ気づかないかもだけど芽衣もあたしにたくさん色々してくれてるんだよ」
「でも。気持ちは一度もきちんと言ってないから・・・」
「うん芽衣言えないんだもんね。それは性格の問題だから無理しなくていいんだよ。あたしは芽衣のそういうところが好きなんだから。その好きな部分を無理にかえたりしたらあたしやだよ?それに・・・」
「それに?」
柚子が照れくさそうに笑って言う。
「芽衣がちゃんと言わないからってそれを嫌に思ってあたしが芽衣から離れるなんてこと絶対ないから安心して」
「・・・」
柚子が私の顔を覗き込んでくる。
「ん?信じられないかな?」
「・・・」
答えない私をどう思ったのかわからないけど。柚子がその手を私の頬に添えてくる。
「じゃあ、信じさせてあげるね」
近づいてきたその顔に目を閉じてそれを受け入れた。


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