※百合姫2018/3月号ネタバレしています、未読の方はご注意ください。



ここ1ヶ月近く柚子と触れ合っていない。学校では私達は話さないようにしてるし、生徒会の仕事が忙しいふりをしてできるだけ遅く帰って。できるだけ早く寝て、寝るときもわざと柚子から離れて寝ている。
だって私は気づいてしまったから。私が柚子に恋して彼女を好きな限り、好きな人と結ばれて結婚して幸せに一緒に暮らす未来は訪れない。だから今から普通のただの姉妹に戻るのだ。
柚子のことだ、きっと私が恋人じゃなくなっても大事にしてくれると思う。そんな風に考える私はなんて嫌な人間なんだろう。柚子と縁を切って彼女が他にいい人を見つければ彼女が幸せになるというのに。柚子は私の幸せを第一に考えてくれてるのに私は自分の都合のよいようにしか考えられないのだ。
たぶんきっと私は一生柚子に恋い焦がれて人生を終えるんだろう。これが片思いならきっとあきられるのに、柚子は私のことを好きだから。両思いなのに離れなくてはならないのはあまりにもつらい。
こんな風になるのだったら触れ合わなければよかった。抱きしめられた時に感じる柚子の暖かい体温の心地よさも、柔らかい唇の感触も、手を握った時の柔らかくて暖かい感触も、髪や頬を撫でてくれる手のひらの感触も、それらすべての触れ合った時の安堵感も。すべて知らなければよかったのに。
だからって柚子に本当のことを言うなんて絶対できない。柚子がショックをうけるからじゃなくて。男性と結婚することがわかっていたのにお付き合いしてたと知ったら柚子が私のことを軽蔑するかもしれないから。
結局私は自分のことしか考えてない。そんな自分が嫌になる。
「ん〜・・・」
隣で寝てる柚子の声にはっとなる。ゴソゴソと音がするからどうやら起きようとしてるようだった。トイレに行くのだろうか。いや振り向いてはいけない、寝たふりをしなくては。と、思っていたら。
「いった〜!」
ドスンという音と同時に柚子が悲鳴をあげたので私は驚いて思わず振り向いて声をかける。
「柚子?どうしたの、大丈夫?」
「う〜・・・ん」
返事ができないほど痛いなんて大怪我でもしたのだろうか。心配でたまらなくなり床にうずくまっている柚子の側へ駆けよる。
「怪我したの?」
「いやなんか足の親指が超痛くてさあ」
「見えないから電気つけるわね」
と、電気をつけて柚子の足元を見ると親指の爪が血で真っ赤にそまっている。
「血だらけじゃないどうしてこうなるのよ」
「いや転んだらネイルはがれて爪割れちゃって」
「こんなに血が出て痛いでしょう?」
「あはは痛いね・・・」
「ちゃんと手当てしないとばい菌入ったら大変よ、今救急箱持ってくるから」
「ん?いやこの部屋にあるよ」
「え?そうなの?」
「んっと。そこの棚の下の奥に」
「わかったわ」
急いで救急箱をとって戻る。
「足動かさないで」
「う、うん」
できるだけ痛くないように柚子の足をそっと持ち上げて、とりあえず怪我した場所を消毒する。
「いっ・・・!」
「我慢しなさい」
「芽衣こういうプレイ好きなの?」
「黙って」
絆創膏ではだめなので包帯を巻いた。痛くないよう、丁寧にそっと。
「これでいいわ」
あとは寝なさい。そうつぶやいて逃げるようにベッドに潜り込もうとすると、
「・・・芽衣」
「?」
何気なく振り向くと。柚子が覆いかぶさってきてそのままベッドに押し倒される。
「・・・やめて」
「やめないよ。確かめたいことがあるから」
1ヶ月ぶりに触れる柚子の身体はやっぱり暖かかった。
「あのね、芽衣。もう1ヶ月もキスも手をつなぐのも抱きしめるのもしてないんだよ。1ヶ月芽衣に指1本触れてない。それまで毎日全部やってたんだよ。それがいきなりなくなって1ヶ月だよ、それで何とも思わないほど鈍くないよあたし」
「・・・」
「芽衣、何かあったね?」
「ごめんなさい、私・・・」
「うん」
正直に言ったら嫌われるかもしれない。それが怖かったから私は嘘をつくことにした。
「私はもうあなたとは付き合えないわ」
「それは、あたしのことが嫌いになったってこと?」
「そうよ」
「・・・芽衣は嘘が下手だね」
「え・・・」
「嫌いならなんでずっとあんなつらそうな顔するの?嫌いになって別れたいならつらくないでしょ」
「私そんな顔してな・・・」
「芽衣あたしに触れなくなってからずっと1日中つらそうな顔してるんだよ、あたしずっと見てるからわかるよ」
もう、正直に言うしかない。私は覚悟を決めてすべて話すことにした。
「私は・・・」
「うん」
言ったら柚子は私のことをなんて思うだろうか。怖くて泣きそうになる。
「私はね、生まれたときから結婚するって決まってるのよ。藍原家を存続していくために」
「・・・」
「この間でかけたのはそのお相手と会食するためだったの」
「・・・そっか、なるほどね」
「驚かないの・・・?」
「芽衣みたいなお嬢様はみんなそうだって聞いたから」
「怒らないの?」
「何を怒るの?」
「だって、私は結婚相手がいるのにあなたとお付き合いしたのよ?」
「仕方ないよ、だってあたし達が付き合ったのまだ最近じゃん」
「でも、結婚相手がいるのに私は・・・」
「それを知ってあたしが怒るのが怖いの?それとも男性と結婚が決まってるのになんで恋人同士になったんだってあたしが思ってあたしが芽衣を軽蔑するのが怖いの?」
「どうしてそれを・・・」
「あ、当たってるんだ。なんか嬉しいなあ」
「嬉しい?」
「だってあたしに嫌われるのが怖いってことはあたしのことが好きだからでしょ?嫌いな相手に軽蔑されたってどう思われたって嫌じゃないしどうでもいいじゃん」
「・・・」
「好きな人と結婚して幸せになることができないからつらい。違う?」
どうして、この人はこんなに何でもわかるのか。まるで私の心が読めてるのではないかと思う。
「正直に言ってくれてありがとう芽衣」
「・・・」
「そんな顔しないで。大丈夫、なんとかしてみるから」
「なんとかって、どうやって・・・」
「まあ色々ね。でももしだめだったら」
「・・・だめだったら?」
柚子は私の顔を手のひらて包んで見つめながら言った。
「二人で、駆け落ちでもしようか」
「・・・そうね」
私が答えると柚子は抱きしめてくれて、そのまま眠りについた。

「お爺様、どうなさったんですか?こんな早くから。あの、学校が・・・」
「学校には連絡しておいたから安心しなさい。お前に話があってな」
朝早くにお爺様の家に来るように呼び出されて来たのだけど何だろうか。
「柚子というあの娘に聞いたよ」
「・・・柚子にですか?」
「そうだ。えらく罵られてまいったよ」
「え・・・?」
「孫が幸せにならないのはいいのかとな」
「・・・」
「お前は誰か好いてる相手がいるそうだな」
「・・・すみません」
「謝るということは本当ということか。私にそれを言わないのはその相手は藍原家をつげるような人間ではないということだな?」
「本当に・・・、申し訳ありません、お爺様」
「謝ることはない。私とてお前には幸せになってもらいたいと思っている。結婚の話は考えておくから安心しなさい」
「?先延ばしにする、という意味でしょうか?」
「いや、違う。お前が伴侶がいなくてもひとりで藍原家をついでいけるなら結婚は無理にしなくてもいいという意味だ」
驚きと嬉しさのあまり言葉が出てこない私にお爺様は穏やかに聞いてきた。
「ひとつ聞くが。その相手はお前に優しいのか?」
「・・・はい、とても」
そうか、とお爺様が頷く。
「お前にふさわしい相手だとよいが」
「私には、もったいないくらいの人です」
「・・・。もう話は終わりだ、少し遅れるが学校に行きなさい」
「はい。・・・お爺様」
「何だ?」
「・・・ありがとうございました」
頭を下げて、流れる涙を隠しながら私は部屋を後にした。

「芽衣、おまたせ」
「宿題終わったの?」
「うん」
そう言って先に横になってる私の隣に柚子がくっついてくる。
「柚子」
「ん?」
「あなた一体お爺様になんて言ったの?」
「あ、なんか言われたの?」
「だから何て言ったのよ」
「可愛い孫が好きな人と一緒になって幸せになれないのはいいのかって」
「・・・そう」
「何、解決したの?ねえねえ」
「ええ」
「マジ?!やったー!芽衣と幸せになれるんだ〜!」
「でもお爺様の気が変わるかもしれないけど」
「げっ。それは困るなあ」
「でも、そしたら駆け落ちしてくれるんでしょう?」
「ふふ、そうだね。あ、ねえ」
「?」
「結婚式はどうしようか」
「あなたね。日本では私達は結婚できないわよ」
「じゃドレス着て記念撮影だけでもしようよ!」
「それこの前やったじゃない」
「えー。だっておそろいで二人の写真とりたいもん!」
「・・・そのうちね」
「やったー!」
「でも結構お金かかるわよあれって」
「え?金かかんの?」
「当たり前でしょ」
「お小遣いで足りるかな・・・?」
「足りないんじゃない」
「な、なんでそんな詳しいの?」
「写真スタジオで撮影するっていうのは何度か経験あるから」
「へー。芽衣すごいなあ。あ、ねえ」
「?」
「・・・あたしが芽衣を絶対に幸せにしてあげるからね」
そう言って柚子が抱きしめてきたので私もその背中に腕を回した。
「私は・・・」
「うん」
「あなたがいてくれればそれで幸せだから」
「じゃあ、死ぬまで幸せだね」
近づいてくる唇を目を閉じて受け入れて。
それから1ヶ月分のキスをした。




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