「うー・・ん」
真夜中だけど隣に寝ている柚子の声でふと目が覚めた。
真っ暗だから表情はわからないけれどなんだかひどくうなされている様子だったので心配になりその顔を覗き込む。暗いけどつらそうな表情をしているのはなんとなくわかった。しかし起こすのもいけないかと思い黙って見つめていると。
柚子が起きたようでがばっと体を起こす。
「大丈夫?」
私が言うと柚子は少し驚いた風に私を見て、
「あれ?芽衣起きてるんだ。いやあたしが起こしちゃったかなごめんね」
「いいわよ気にしないで」
大きくため息をついて、それから横になった柚子は困ったように笑って言った。
「芽衣寝たほうがいいよ。明日確か朝早いんでしょ?」
「そんなこと気にしないでいいわよ、それよりどうしたの?何か悪い夢でも見たの?」
「んー。まあそんなところかなあ」
「どんな夢だか聞いてもいいかしら?」
「え?うーん・・・」
「私には言いたくない?」
「あ、いや。違う違う。そうじゃないよ、ただ・・・」
「ただ?」
「えっと。なんていうか。悪い夢だからその内容聞いたら芽衣がつらいんじゃないかなって思って」
「いいわよ私は大丈夫だから教えて?」
「そう?うーん。別にまあ。昔の夢見ただけだよ」
「昔?小さい頃とかかしら?」
「うん」
「詳しく聞いてもいい?」
「んー。別にただ。ママが帰ってこなくて不安になったってそれだけだよ」
「やっぱり小さい頃からのお母さんの帰りが遅いことがあったのね」
「うんまあね。帰りが遅いのはまだいいんだけど次の日の夕方までいないのはしんどかったなあ」
「え?何それ。どうしていないの?」
「ほら社員旅行とかあるじゃん」
「ああ、なるほどね。でもお母さんそんなの断ればいいのに・・・」
「いや社員旅行断るってなかなかできないもんだよ。あとあたしが大丈夫だって言ったからね」
「それはいくつのときから?」
「んっと。確か5歳の誕生日の時に一晩いなかった記憶があるからその時からかなあ」
「そんな小さい頃から・・・?」
「・・・」
「?柚子?」
「ごめん眠い・・・」
「いいわ、気にしないで寝て。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
「あ、待って」
「?」
「やっぱりその時はつらくて寂しかった?」
「うーん。・・・忘れちゃったかな」
そう言って眠りについたのか寝息が聞こえてきたので私はそれ以上は言うのはやめた。
・・・うそつき。
柚子を起こさないよう心の中で呟いた。
つらい思いをしたことないなんてことあるわけがない。つらい思いをしたことのない人間などいないし。しかも柚子は3歳でお父さんを亡くしてそれからお母さんと二人暮らしなのだから絶対に寂しくてつらい思いをしてきているはず。茶髪にした理由を知ったときにそれを確信した。
いつも思うけれど彼女は自分のことはあまり、いや全然話さないし話してくれない。最初はそれをとても残念に思っていた。私には心を許してくれないから。大事に思ってくれてないから話してくれないのかと。そうなのではと思い正直少しがっかりしていたけれど。でも実はそうではなくて。彼女が自分のつらかったことや世間一般では不幸だと言われるであろう自分の過去のことを言わないのはそれを言ったら言われた側が嫌な思いをしたりつらい思いをしてしまうから。要するに自分以外の誰かがつらかったり悲しい思いをするのは嫌なのだ。そのことがわかったときは正直あきれてしまった。人がいいにもほどがある。柚子のこういう優しいところは好きだしいいことだとは思うけれど私は時々心配になってしまう。こんなに人がよくて優しすぎるといつか悪い人に騙されてひどい目にあってしまうのではと。
でも。もしそんなことがあった時には。そんなことが起きないことを祈っているけどもしそうなったら。私が、柚子を慰めて助けてあげる。柚子が私を助けてくれたように。あなたが私にしてくれたようにきっと同じようにお返しをするから。だから柚子は今のまま変わらないでいてほしい。柚子のことだからきっと何があっても変わらないとは思うけれど。
・・・あと。柚子は私のことを何でも知っていて何でもわかっているみたいだけれど。
きっとこのことだけは知らないしわかっていないだろうと思う。

ーー私があなたのことが大好きで。
世界中の誰よりも、あなたのことを愛している、ということを。



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