柚子と姉妹になってもうすぐ1年。1年近く柚子をずっと見てきて(色んな意味で)付き合って。
柚子が、私のことをとても大切にしてくれて、好きでいてくれて。それはすごく嬉しい。言えないけど嬉しい。
柚子はよく私のことを完璧だなんて言うけれど、私から見ると柚子のほうがすごいのではないかと思う。料理はプロ並み、手先も器用、メイクもおしゃれも完璧、どんな人とも仲良くできるコミュニケーション力の高さ、優しくて人柄もいいから色んな人に好かれてる(私にとっては好ましくないことだけど)。
で。もちろん、人を困らせることなんてない。・・・ないはずなんだけれど。

ひとつだけ困ったことがあるのだ、それは・・・。

「ただいま帰りました」
生徒会の仕事で遅くなって柚子のほうが先に帰ってるというのはよくあること。玄関にある靴を見て、お母さんはまだ帰ってないのだということを理解する。
で、靴を脱いで家の中に入ろうとすると、リビングから泣き声らしき柚子の声が聞こえてくる。一体何事かと急いでその声がする方へ向かい、リビングのドアを開けると。
「ちくしょ〜ひどいよ〜」
テレビの前で柚子がめそめそと泣いている。どうやらテレビをさっきまで見ていたようだった。ということは、何か悲しいテレビの番組を見て泣いているということだろうか。
「どうしたの、柚子」
「うえ〜ん」
「だから、どうしたのよ」
「かわいそすぎるよ〜う」
「ちょっと、どうして泣いてるのか説明しなさい」
そう言うと柚子は、「芽衣は知らないかな」などと言ってスマホを手に取り何か操作をしてからその画面を私に見せる。
「・・・フランダースの犬?」
「再放送見たんだよ〜!」
スマホの画面にはその番組の説明が書いてある。要するにそのテレビ番組の内容が悲しくて泣いているのだと理解した。
「これアニメって書いてあるけど」
「うんそうだよ」
「あなた高校生にもなってアニメなんて見るの」
「やだなあ芽衣それは偏見だよ。あ、じゃ芽衣も一緒に見ようよ!よしDVD借りてき・・・」
「嫌よ。興味ないから」
「えー。おもしろいのになー」
「フランダースって」
「うん?」
「ベルギーよね」
「え!そうなんだ!」
「あなたね、好きな物語の舞台くらい調べないの?」
「わ、わかった後で調べる」
「調べたってどうせすぐ忘れるんでしょ」
「そ、それは・・・」
「そんなだからこの間のテスト15点しか」
「あのテスト難しかったんだもん!」
「じゃ今までの最高得点は?」
「30点かな。あ、芽衣は?」
「100点だけど」
「い、いつもは?」
「同じよ」
「まさかいつも100点・・・?」
「そうだけど」
「うえー、すごいなあ。あたし一度しか100点とったことないよ」
「それは何のテスト?」
「保健体育」
「もしかして料理のテストかしら?」
「え!どうしてわかるの?」
「・・・」
なんか頭痛くなってきた。こんな会話さっさと切り上げよう。
「柚子」
「うん?」
「夕飯は作らなくていいの?」
「あ!そうだ!作ってくるね!」
そう言ってキッチンへ行った柚子を見送って、私はため息をついた。
「まったく、すぐ泣くんだから」

で、次の日。
登校中に手を繋ぎながら歩いていると。
「芽衣、いつも手が冷たいねえ」
「あなたの手が熱すぎるのよ」
「んー。はるみんもそう言ってたなあ」
聞き捨てならない言葉に私はできるだけ冷静を装って聞き返す。
「どうして、谷口さんがあなたの体温が高いって知ってるのかしら」
「うーん?腕組むときとかにわかるんじゃないかな」
「・・・」
「そういえばまつりもこの間言ってたなあ」
「え・・・?」
「この間まつりとばったり会ったときマックでなんか食べようかって誘ったら、食欲ないからいいって言うんだよ。熱でもあるのか心配になってさ。まつりのおでこに手をあてたの。熱はなかったんだけどまつりが『柚子ちゃんは相変わらず手が熱いね』って」
・・・この浮気者。鈍感。罪作り。わきあがってくる嫉妬心を必死にこらえる。
「芽衣?どうしたの怖い顔して」
「べ、別になんでもないわ」
「そんなに寒いの?大丈夫?」
「いいから黙って歩きなさい」
「はーい。あ!」
「柚子?」
手を離して走る柚子の先には。
「あー!クロおはよう!」
満面の笑みで野良犬に駆け寄りじゃれあう柚子に私はため息をつく。犬にまで愛想を振りまくのはやめてほしい。
しばらく柚子が犬と戯れてるのを見ていたが、終わりそうにないので、
「柚子。もう行かないと学校に遅れるわよ」
「あっそうか。じゃまたねクロ!」
犬に手をふって柚子が私の手をとる。
「じゃ行こっか芽衣」
「ええ」
柚子の手はやっぱりあたたかいなと思った。

「ただいま帰りました」
と、家に入り靴を脱いでいると。
「うえ〜ん」
柚子の泣いてる声が聞こえてきてため息をついた。また何か悲しいテレビでも見たのだろうか。
「今日はどうしたのよ」
「クロが〜〜!!」
「あの犬がどうかしたの?」
「うわ〜ん!」
「だからどうしたのよ」
「死んじゃったんだよ〜〜!!」
なるほどそういうことか。だから泣いてるのだと納得していると。
「芽衣も悲しいよね?」
「そ、そうね」
言えない。どうでもいいなんて。
「仕方ないわよ、あの犬結構年みたいだし」
「違うよ!クロはまだ子供だよ!」
「え?そうなの?」
「そうだよ!だって近所のおばあさんがクロは10歳だって言ってたもん!」
「・・・ちょっと待って柚子。あなたまさか知らないの?」
「え?何が?」
「犬と人間の年齢って違うのよ」
「え・・・?」
「犬の10歳って人間で言うと75歳くらいなのよ」
「げ!マジ?じゃ、クロはお年寄りなの?」
「そうよ」
「そっか年だから死んじゃったのか。苦しかったかな・・・」
「朝は元気だったから、苦しんでないわよ」
「??」
「だから、その。ポックリ・・・じゃなかった、楽に安らかに死んだのよきっと」
「そっか・・・」
泣き止んだもののまだ悲しい顔をしている柚子に私はできるだけ優しく言った。
「あの犬だって、あなたが悲しんでたらつらいと思うわよ」
「そ、そっか。そうだね」
「落ち着いたかしら?」
「うん、芽衣ありがとう」
「・・・じゃ」
「うん?」
「そろそろ夕飯作らないといけないんじゃない?」
「あ!そうだ早く作らなきゃ!」
キッチンへ行った柚子を見送りながら、柚子に聞こえない声で呟いた。
「登校する時の邪魔者がいなくなってよかったわ」

そして(?)その日の夜中。
「芽衣、芽衣おきて!!」
柚子の大声と肩をがっしり掴まれて揺さぶられるものだから目が覚めてしまった。
「何、どうしたのよ」
「芽衣生きてる?死んでない?」
「あなたねえ、寝ぼけるのやめてちょうだい」
「だって芽衣が、芽衣が〜!!」
「私が何、一体どんな夢見たのよ」
「芽衣が死んじゃうんだよ〜〜!!」
「また随分縁起の悪い夢ね」
「芽衣〜!!」
「ちょっ・・・、苦しいから離しなさい」
「芽衣が死んだらあたしも死ぬ〜!!」
「だから夢なんでしょ・・・って、泣くのはいいけど鼻水こすりつけるのやめなさい」
「正夢になったらどうしよう〜〜」
「なるわけないでしょバカバカしい」
「だって!正夢ってよく言うじゃん!」
「いい?夢っていうのは睡眠時に脳が見せる幻覚なの。で、必ず毎日夢は見てるのよ。でも、夢見ないときもあるでしょう?それは夢を見てても覚えてないだけなの」
「そ、そうなんだ」
「だから、夢なんてそんなものなのよ。ましてや正夢なんて作り話でありえないんだから」
「そっか、そうなんだ」
「納得したかしら?」
「うん、芽衣ありがとう」
「じゃ、寝るから離してくれるかしら」
そう言ったのに、柚子が力いっぱい抱きしめてくるので、
「柚子、ちょっと・・・」
「またあんな夢見るの嫌だからさ」
「?」
「こうして寝てもいい?」
「・・・仕方ないわね」
「ありがとう芽衣、おやすみ」
そう言ってすぐに寝息をたてはじめた柚子に、ため息をついた。 
「まったく毎日泣くのやめてくれないかしら」
言ったってもう夢の中の柚子には聞こえない。自分も寝ようと、柚子の背中に手を回して目を閉じる。
眠りに落ちる前に、柚子が「芽衣が死んだらあたしも死ぬ」と言っていたことを思い出した。小さく息をついて、心の中で呟く。

『あなたが死んだら、私も死ぬわ』



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