今日は休日。休日なんて友達と遊んだりするなんてことは当たり前のこと。それはわかっているのだけど。洗面台で支度をしている柚子に話しかける。
「あなた、確かこれから谷口さんとでかけるのよね?」
「うんそうだよ」
さわやかな笑顔で言い切るのがまた憎たらしい。いや、おかしいのはたぶん私の方。恋人が友達とお付き合いすることにまで嫉妬する私が異常なのだ。いくら恋人だからってあれするなこれするななんて命令するのが間違っていることくらいわかっている。わかっているけど嫌なものは嫌なのだ。
「あ、4時ぐらいに帰るからね」
「わかったわ」
4時までひとりか。なんて思ったがそんなこと言ったらまるで子供みたいだから絶対にいわないけど。じゃあ、と言ってでかけようとした柚子の袖を思わず掴む。
「ん?どうかした?」
・・行かないで、私のそばにいて。
喉まででかかった言葉を飲み込む。
「今日の夕飯・・・」
「あ、そっかママいないもんね。もう材料あるし作るだけだから大丈夫だよ」
「・・・そう」
再度じゃあねと言って去っていく柚子を見届けて。私はため息をついてとりあえず他にやることもないので前に買っておいた本を読むことにした。

ふと時計を見ると3時半だった。もうすぐ柚子が帰るはず。早く会いたい。そう思う私はおかしいのだろうか。だって午前中まで一緒にいたのに。今頃楽しんでるかなと思うと胸が苦しくなる。恋人が友人と遊ぶのも許せないような心の狭い人間なのかと自分で自分が嫌になる。柚子はあんなに心が広くて優しいのに。時々思うけど私はもしかしたら柚子にはふさわしくないのかもしれない。でも柚子と離れるなんてできないから。嫌われたりなんてことのないよう気をつけないと。
なんて考えながらとりあえずまた別の本を読むことにした。

「・・・」
時計を見るともう夜の8時。お腹空いたのでパンを食べたりしたけれど。4時に帰るはずなのに遅すぎる。まさか何かあったとか。でもそれならなんらかの連絡があるはず。何も連絡ないのはなんだろうか。まさかそのぐらい谷口さんと楽しく盛り上がっているとか。嫉妬心で苦しい。もう限界だから柚子に電話しようとしたら、玄関のドアが開く音が聞こえたから急いで玄関に行くと、
「ごめん遅くなって!」
家に入るなり謝る柚子に嫉妬心を抑えながら冷静に言った。
「あなたね、今何時だと思って」
「いや、4時前には駅についたんだよ」
「え?じゃあ何故・・・?」
「んっと。なんかさ歩いて帰る途中に小さい女の子がわんわんないてたから話聞いたらママとはぐれて迷子になったらしくてね」
「・・・」
「それでさ、名前しか答えられないからとりあえず交番に連れて行ったらその交番の人がたまたまその子のこと知っててね。まあママと連絡取れて待ってたんだけど小さいから意味がわからないみたいであまりにも泣きわめいてるからずっとなだめてあげてたんだよ」
必死に説明する柚子にひどく申し訳ない気持ちになった。柚子は迷子の子を助けたせいで帰りが遅くなっただけなのに、私は柚子を疑っていたわけだ。しかも迷子の子を助けという良い理由なのだから謝る必要などないのに私に申し訳ないと頭を下げて謝るなんて。人助けのせいで帰れなかったなんて本当に柚子らしい。
「その子は無事にお母さんの元に帰れたのかしら?」
「うん!ママが迎えに来たからね。喜んでたよ」
嬉しそうにニコニコ笑う柚子を見て胸が苦しくなる。だいたい柚子が嘘をついたりとか私を疑ったことなど一度もないのに。なのに私は常に彼女を嫉妬し疑っている。罪悪感を感じて思わず俯いた。
「ん?芽衣?あ、お腹空いたのかな?」
「そうじゃなくて・・・」
「?」
正直に素直に好きだから嫉妬してしまうと言えば柚子はたぶん理解してくれるだろうけど恥ずかしくてそれはやっぱり言えないのだった。
「私はパン食べたからいいけれどあなたは?」
「あ、えっと。あたしもお菓子とかたくさん食べたからいいかな」
「じゃあもう遅いし部屋に行きましょう」
「うん!」
靴を脱ごうとしている柚子をなんとなく見ていたら。
「わっ!」
靴紐にでも引っかかったのか柚子がぐらっと体制を崩したので咄嗟に受け止めて支える。
「ご、ごめ・・・」
体を起こして顔を上げた柚子と視線がぶつかる。偶然至近距離で見つめ合う形になってお互いすぐに視線をそらした。
「危ないでしょう、気をつけなさい」
「う、うんそうだねごめん」
見なくてもわかる。たぶん柚子の顔は赤いに違いない。そして私も。
「あの、芽衣?」
「?」
柚子が困ったように言う。
「あたしもう大丈夫だから、手離していいよ?」
そう言われて初めてずっと柚子の手を握っていたことに気づいて急いで手を離した。
「・・・ごめんなさい」
「あ、いや別に大丈夫だよ」
うるさい動悸にたえられなくなって急ぎ足で部屋に歩いて行った。

部屋に入って私はなんとなくベッドに腰掛ける。そして隣で部屋着に着替えてる柚子を見てなんだかなあと思う。着てたものはしわくちゃのまま脱ぎ捨てているし。それを毎回私が畳んであげているのをわかっているのだろうか。あといくら夜だからってカーテン閉めずに着替えるのもやめてほしかったりする。
仮にも女の子なわけだから少しは恥じらいがあってもよいような。なんか考えると頭が痛い。
「あれ?もうこんな時間か、どうしようかな」
柚子の言葉に時計に目をやるともう10時半をすぎていた。
「もう寝ましょう」
「ん、そうしようかな」
2人布団に入り向かい合う。
少し迷ったが思い切って柚子に言った。
「ちょっとあなたに聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
「うんいいよ」
「その。あなたから見て私はどういう人間に見えてるのかしら?」
「ん?普段の生活ぶりみたいなかんじ?」
「ええ」
「うん、すごい頑張り屋さんだなって思うよ?生徒会長だし。確かお正月まで生徒会の活動してたじゃん?あと勉強もしてるしすごいなと思ってるよ」
「別に私はただ任務をこなしているだけだから・・・」
「いやまあ芽衣はずっと生徒会長とかしてるからわからないかもだけど普通はそれしてないんだからさ」
「それはわかったけれど。私はあなたが思ってるような立派な人間じゃないのよ。だって、今日も実はあなたが遅く帰ってくるまでずっと谷口さんと楽しく遊んでると思ってたのよ」
「ああ、嫉妬したみたいな?」
「ええ」
「でも心配はしてくれたんでしょ?何かあったかなとか」
「それはそうだけど・・・」
「いや今日のことはあたしが完全に悪いんだよ、4時に帰るはずが8時まで連絡何もなかったらそういう風に考えるの普通だと思うよ」
「でもあなたは嫉妬なんてしないんでしょう?」
「え?そんなことないよ、前にほら桃木野さんがあたし達がパパのお墓参りについてきたりとかあったじゃん?あの日の前の夜なんてあたし嫉妬で眠れなかったんだから」
「そうなの?」
「そうそう。まああの時は恋人じゃなかったけどもう芽衣を好きだったからさ。あたしも嫉妬するんだからお互い様だよ」
「・・・」
「あー。そんな顔しないで?あれだね、芽衣はなんかマイナス思考だよね。でもあたしがプラス思考だからきっとちょうどいいんだよ」
「確かにあなたは明るいわよね。深く考えないし」
「あー。そうだね」
「性格なのかしら」
「それもあるだろうけど・・・」
「けど?」
「ん。いやなんでもない」
「だめよ言いなさい」
「う、うーん。まあその。そうじゃなかったら耐えられ、なかったかな、みたいな」
聞いた瞬間後悔した。そうしなければひとりだからやっていけなかったと。それをわざわざ言わせるなんて何だか申し訳ない気持ちになる。
「あーまた暗い顔してる。あのね、芽衣。これだけは約束するよ。あたしが芽衣を好きなのは一生変わらないから、ほんとだよ」
私がうなずくと柚子は嬉しそうに笑って私の頬に手を添える。
「じゃあ、寝る前にいつもしてることしようか」
近づいてきたそれに目を閉じて受け入れて。その背中に手を回していつもの夜と同じように長いキスをした。






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