あたしは理事長室に向かって歩いていた。会長にどうしても聞いて確かめたいことがあるから。この前ユズッちが会長との関係のことをきちんと話してくれたのは嬉しかった。それだけユズッちがあたしを大事な存在だと思ってくれているから言ったんだろうし。まああたしの恋がかなわないことが決まったけれどそれはそれで予想通りだから大丈夫なのだが。 それでまあユズッちに話を色々聞いたけど。要するに会長は婚約者がいる罪の意識に耐えられなくなり、自分の夢のほうを選んだ、と。それで家をでていったのは納得したけど、あたしにはどうしてもわからないことがある。結婚といっても形だけの政略結婚てやつなのはユズッちだってわかるだろうし、それにユズッちに正直に話せばたぶんユズッちなら理解してくれるはず。そしたらずっと2人一緒にいられるわけだし何故そうしないのか。それだけが知りたい。 とりあえず理事長室の中に入る。すると会長がドアの音に気づいて顔を上げる。 「谷口さん?どうしたのかしら?」 「あのさ。ユズッちのこと・・・」 「そのことなら答えられないわ」 「あー、待った、違うんだよ。実はこの前ユズッちが全部話してくれてさ。それで会長がユズッちから離れたこととか詳しく聞いたんだけどあたしにはどうしてもわからないことがあってさ、だからそれだけ聞きに来たんだよ。すぐ済むからいいか?」 会長は少し警戒心を解いたみたいで、あたしのほうに向き合う。 「そのぐらいならかまわないわ」 「ん、じゃまあ忙しいみたいだから簡潔に聞くけどさ。婚約者がいる罪に耐えられなくなったから出ていったみたいに聞いたけどそれがあたしにはわからないんだよ。ユズッちなら全部正直に言えば今まで通り一緒にいられるんじゃないのか?ただの政略結婚だし」 「そうね。柚子ならたぶん何でも許して何でも受け入れてくれると私も思うわ。でも柚子はよくても私が嫌なのよ。結婚してるのにお付き合いするって愛人だとか不倫だとか二股かけるみたいな扱いになるわよね。柚子をそんな風に扱うのは私には耐えられないのよ。あと露骨な話だけれどもたぶん跡継ぎのために子供も産まないといけないし、柚子のことだからその子のこともかわいがるんでしょうね。そんなの私には耐えられないわ」 「そっか、なるほどな。でも何も縁切るとか会わなくなるまでしなくても姉妹のままで一緒にすごせばよくないか?」 「それも考えたけど、そうすると柚子の側にずっといることになるから。そしたら私はあの人と一緒にいる道を選んでしまうと思うの。そのことは柚子には伝えてあるのだけど」 「ああ、それでユズッちは会長に会わないんだな、邪魔しないようにみたいな」 「そうね」 「あー。まあ聞きたいことはこれでわかったよ。でも会長さ、ユズッちがたぶんなんとかすると思うから大丈夫だぞ安心しな」 「柚子は何かしようとしているの?」 「いやまだ考え中みたいだけどまあ色々するんじゃないかな。そもそも会長がいなくなとた日からあたしと遊ばなくなったしな」 「え?何故・・・?」 「たぶん勉強してるんだよ、この前のテストの成績とかすごかったから」 「そう。勉強ぐらいならいいけれど、何か無茶なことしないか心配なのよ、今私は離れてるから止められないし」 「まあ確かにユズッちは勢いでやるからなあ。ま、あたしが管理するから心配いらないよ」 「ありがとう、谷口さん」 「いやいや。ついでにもうひとつだけ聞いてもいいか?」 「ええ」 「ユズッちが先に会長を好きになったのは知ってるけど一体何がきっかけなんだ?義理姉妹になっただけで恋したりするもんなのか?」 「それは・・・」 会長が少し顔を赤らめて困ったように言葉を濁らす。 「な、なんでそんな顔すんだよ?い、一体何があったんだ・・・??」 「その。姉妹になった当日に部屋で私が柚子にキスしたのよ」 「え?なんでそんなことになるんだ?」 「柚子がキスの話題で私をからかったのよ、それで頭にきてつい・・・」 「そ、そうか。でもユズッちがそんな人の嫌がること言うなんて意外だなあ」 「違うのよ、私が柚子を無視し続けたから何とか私に口を開かせようとしたんだと思うの」 「あー。なるほどな。わざときついこと言ってきたわけか」 「あ、ごめんなさいそろそろ時間が・・・」 「そうだった、悪いな時間取らせて。聞きたいこと聞いたからいいよ」 「あの・・・」 「ん?」 「柚子は元気にしているかしら?」 「ああ、ものすごい元気だし心配いらないよ」 あたしの言葉に会長はほっとしたようにため息をついた。 「じゃもう帰るけど。会長とユズッちがうまくいくようあたしも協力するしあまり考えすぎないようにしな」 「ええ、ありがとう」 あたしは手を振りながら理事長をあとにした。 帰り道、自転車をこぎながら考える。あたしが今やろうとしているのはユズッちと会長が結ばれて幸せになることなわけだけど。恋した人の恋を応援するなんてあたしはほんとそんな役回りだと思う。でもユズッちはあたしを信頼して頼ってくれてるのだからできる限りそれに答えるつもりだ。あたしの恋はかなうことはないけれどユズッちが幸せになればそれでいいし。 そういえば会長ユズッちの成績がよくなっていることは言ったけれど会長は知っているのだろうか。 ・・・この間のテストの結果、あたしが8位でユズッちが3位だったことを。 |