その場に居合わせてしまったのは本当に偶然のことだった。 「・・・?」 昼休みを利用して、校内点検で歩き回っていた私は聞きなれた声に足を止めて耳をすます。 「うーん、と・・・」 聞き間違えのない柚子の声。ただクラスメイトとかと話でもしているのかとも思ったが何だか柚子が困っている風に聞こえたので気になって近くの壁際まで行って聞き耳を立てる。 そして次に聞こえてきた声とその言葉の内容に息を飲んだ。 「私、あなたのことが本当に好きなんです」 知らない誰かの声。これってどう考えてもその誰かが柚子に告白をしている、ということとしか考えらえない。・・・そう、考えてみたら柚子はすごくモテるのだった。だからこういうことがあっても不思議じゃないのに、私は心のどこかで思っていたのだ。私以外の誰かが柚子を奪うなんてことはないと。 「えっと。そう言われても・・・」 「恋人とかいるんですか?」 「うーん。まあそうですね」 柚子が敬語を使ってることからして相手は上級生の様子だった。 そして柚子が断ってるみたいなのでほっとしていたら次の言葉に耳を疑った。 「あの。その恋人って男性ですか?女性ですか?」 「え?えーっと・・・」 何だろう、どういう意味なのだろう。性別がわかったらどうだというのだろうか。この人は何を言いたいのか。とりあえず続きを聞くことにする。 「もし男性だったら私とお付き合いしてください」 「・・・?はい?」 「それとも女性ですか?」 「あ、いや。そのちょっと男性ならって意味がわからないんですが・・・」 「ああ。だから、短刀直入に言うとその男性とお付き合いしたまま私と付き合ってください、って意味です」 「あー。そういう意味・・・」 「ね?いいでしょう?」 「いや困るんですが。ていうかその。なんていうか。あたしそういうのだめなんで・・・」 「いいじゃないですか、迷惑はかけませんから」 「うーん。だからその。それって。んー。言いにくいんですけど、最低なこと言ってるのわかってます?」 「ええ、わかってます」 「いやそう開き直られても・・・」 なんて最低なことを柚子に言っているのだろうかこの人は。柚子がそんなことOKするはずなんてない。ないのだけど。なのになんで私は今、こんなに怖くて不安な気持ちになっているのだろう。 「あの、じゃあここに連絡ください」 「い、いやちょっとまっ・・・」 たぶん連絡先を柚子に渡したのだろうか。その人は去って行ってしまった。 「まいったなあ・・・」 柚子が困ったようにつぶやく。出ていって、あなたは何て答えるの?と聞けばいいだけなのになぜか固まって動けない。それにどうしてこんなに動悸がして苦しいのか。私は耐えられなくなってその場から逃げるように立ち去った。 6時限目の体育の前に体操着に教室で着替えていると近くにいる柚子と谷口さんの会話が耳に入ってくる。 「はるみん聞いてよー」 「うん?どうした?」 「あのさあ。なんかあたしいきなり告白されちゃってさ〜」 無意識に自分の手をぎゅっと握った。 「へえ。やっぱユズっちもてんな」 「えー?別にそれはないけど。ていうかどうしたらいいかなあ」 「どうって。ユズっち恋人いるんだろ?なら断ればいいだけじゃん」 「まあそうなんだけど。でもね。なんかすごい言い方とやり方だったからまいっちゃってね」 「ん?一体何されたんだよ」 「えっと。まあ簡単に言うとね。あたしは恋人いるからって言ったんだよ。でもそしたらそれでもいいって。まあつまり愛人ってやつなのかな?そういう意味で付き合ってくれてかまわないみたいに言われてね」 「げ。何だよそれ最低だなおい」 「そーでしょ?ひどいねえ」 「いや。ひどいっていうよりたぶんそれってそれだけどうしてもユズっちと付き合いたいくらいユズっちのこと好きなんじゃないのか?」 「ん?そういう意味なのかな?でもさなんかそれってあたしは嫌いだなあ。自分の想いがかなえば相手の気持ちはどうでもいいってことでしょ?それじゃあ本当に相手が好きなんじゃないと思うんだよね。単に自分の欲をかなえたくて満足したいだけかななんてあたし思うんだけど」 「まあ確かにな。で、断ったんならそれでいいんじゃん?何を悩んでるんだユズっちは」 「あーだから。断ったんだけど強引に連絡くれってメモ渡されたの、それで・・・」 「それで?」 「で、そのメモにすごいこと書いてあってあたしびっくりしちゃってさあ」 「何だ、何が書いてあったんだ?」 「えっと。『付き合ってもらうためには手段を選ばないって』」 「んー・・・。やばいなあそれは・・・」 それ以上私は聞くのに耐えられず教室から飛び出した。 あっと言う間に寝る時間になってしまった。ずっとあれから苦しい。どうしたらこれはなおるのだろうか。 「・・・芽衣。芽衣ってば」 「・・・・?」 考え込んでいたので柚子の呼びかけに気づかなかった。 「芽衣どしたの?何かおかしいよ今日」 「あの・・・」 こういう時自分の伝えるのが苦手な性格がすごく嫌になる。でも今はそんなこと考えたって仕方がないので、とりあえず当たり障りなく、遠回しに私は柚子に問いかける。 「あなた、何か私に隠していることないかしら?」 そう聞くと柚子は首をかしげて不思議そうな顔をする。この無邪気な表情が愛しくて、でも同時に憎たらしい。 「えっと。うーん?何かあったかなあ。宿題はちゃんとやったし」 「そういう意味ではないのだけど・・・」 柚子はなせだかわからないけれど恋愛に関することにだけはひどく鈍かったりする。だからはっきり言わないとわからないのだろうけれど。だからってはっきりいうのはなんだかひどく抵抗がある。でももうこの苦しさに耐えられなくて私は思わず言った。 「あなた、誰かに告白されてたでしょう?」 「え!な、なんで知ってんの??」 「たまたまいたのよその場に」 「そうなんだ。全部聞いちゃった?」 「そうね」 そっか、と照れ笑いするのがまた私を不安にさせる。 「ん?あれ?だって・・・」 「何?」 「その場に、近くにいたんだよね?」 「そうだけど」 「じゃなんで話しが終わったらあたしのところに来なかったの?」 「それは・・・」 咄嗟に言い訳を必死に考える。私を疑わないその澄んだ瞳からは目をそらしながら。 「ちょっと、生徒会室に戻らないといけなかたったのよ」 「ああ、そっか。芽衣忙しいもんね」 私の言うことを疑いもしない柚子に余計胸が苦しくなる。 考え込んでると、柚子が私の顔を覗き込んでくる。 「?柚子?」 「で、芽衣は何が不安なのかな?」 「別に私は何も・・・」 「そう?ずっと不安そうに見えるけど?」 「・・・」 だめだ。柚子を騙すなんて私にはできない。私は正直に言うことにした。 「もしかしたら、その。誘いにのってしまったりしないかと思って・・・」 「ああ、なんだそんなこと」 「そんなこと、って」 「いつも言ってんじゃん、あたしが好きなのは芽衣だけだって」 「でもなんかすごいやり方だったらしいじゃない」 「え?何で知ってるの?」 「谷口さんと話してるのを聞いたのよ」 「そうなんだ。大丈夫だよ、きちんと断って、連絡手段も断ったから」 「ならいいけれど。なんだか変な人みたいだし、もし強引に何かされたりしたら・・・」 「大丈夫だよ、相手は女の子なんだし。結構小柄な人だったしね」 「・・・そう」 柚子が私の手をぎゅっと握ってくれる。ひどく安心してため息をついた。 「もしかして、まだ不安だったりする?」 「・・・。少し・・・」 「ふーん?じゃあ・・・」 「?」 柚子の手が私の頬に添えられる。 「その不安、なくしてあげるね」 近づいてくる顔に目を閉じて。それから眠くなるまでキスをした。 ・・・柚子が、私のことだけを考えてくれていることにひどく安堵しながら。 |