「そろそろ寒くなってきたなあ・・・」
あたしはそんなことをつぶやきながら、学校へと自転車をこぐ足を進める。受ける風が冷たく感じて、肩をすくめた。
本当は自転車通学は禁止なのだが、確認されるわけでもないし、あの会長も見逃してくれているから大丈夫なのだ。何故会長が見逃してくれているかというと、ユズっちが見逃すよう会長に言ってくれたからだった。
ユズっちがいるおかげで学校は本当に楽しい。
朝会ったら、昨日見たドラマの話でもするかな。
そんなことを思いながら学校へと急ぐのだった。

「やばい、遅くなったか・・・」
遅刻は大問題だ。急いで上履きに履きかえようと、自分の下駄箱の場所まで行くと、誰かが座り込んでいるのが視線に入ってくる。俯いててもわかる、ユズっちだった。座り込んだまま動かない様子のユズっちにあたしは声をかける。
「ユズっち!何してんだこんなとこで」
声をかけても答えない。どうしたというのか。具合でも悪いのだろうか。
「おーい。具合でも悪いのか?大丈夫か??」
「ちょっと、やばいかも・・・」
普段の元気な明るい彼女からは想像つかないようなか細い声。
心配になってその顔を覗き込むと真っ青だったのでびっくりして、
「うわ!顔色真っ青じゃん!ユズっち、立てるか?」
俯いたまま首を振るユズっちにこれは緊急事態だとあたしは必死に頭を働かせる。そうだ、具合悪いならとにかく保健室へ行かないと。
「やばいな。ここから保健室まで結構あるからなあ・・・。でも保健室行かないとだな、ほれユズっちつかまれ」
あたしが手を出しだすと、ユズっちがその手をつかみ、腕にしがみついてくる。その手はとても冷たかった。なんとか歩き出したがユズっちはかなり具合が悪いようであたしにもたれかかってくる。何故か、嬉しいと思った。いや、そんなことを思ってる場合ではない。早く、保健室へ行かないと。
頑張れ、と励ましながら保健室へと向かう。
もう少しで、つくはずだ。
「もう少しだ、頑張れ〜」
曲がり角を曲がればもう保健室。早く寝かせないと、と思っているとその曲がり角から来た人影を見て思わず声をあげる。
「・・・げ!!」
そう、あたしの天敵(?)会長である。あたしはこの会長が苦手だった。好きじゃない、と言ったほうが正しいか。
「え?何?」
あたしの驚いた声にユズっちは反応するが顔はあげない。
「どうしたの?柚子」
どうしたのって見てわからないのか。それとも怒るのだろうか。
「・・・芽衣?」
顔も見てないのによくわかるな、と思ったがそれはとりあえずおいといて。あたしは何故かいらいらして、でも無視するわけにもいかないので、
「ユズっち貧血みたいなんだよ会長」
だから、そこどいてくれ。冷たく言い放った。
「保健室へ行くのかしら?」
「ん。そういうこと」
会長になんてかまってられない。あたしは無視してユズっちをかかえて保健室へと向かう。
会長はそれ以上は何も言わず、通り過ぎていった。
冷たいやつだな、と思いながら保健室のドアを開けて、ユズっちをベッドまで連れて行った。

「なんだよ、誰もいないのかよ」
保健室の先生はいないらしい。まったく、何かあったらどうするんだ無責任だななんて思いながら、とりあえずユズっちをベッドへ寝かせる。
意識を失ってしまったらしい彼女の体をかかえて持ち上げたが、意外にも軽いなと思った。だから、どうというわけではないけれど。
寒いかな、と思いそっと布団をかけてやる。
そういえば、こんな風に間近で寝顔を見るのは初めてだった。
無意識に手を伸ばして、その頬をつたっている冷汗らしきしずくをそっと指でぬぐう。
いや、何してんだあたしは。我に返って立ち上がる。
教室へ、戻らなければ。
でも、その前に。
あたしは振り返って、まだ青白い顔をして寝ているユズっちの唇を見つめて。起こさないよう、できるだけそっとキスをした。

結局、ユズっちは戻ってこないまま放課後になってしまった。
そういえば会長もいない。生徒会の仕事とやらをしているのだろうか。ユズっちのこと少しは心配すればいいのに、と思いながらあたしは保健室へと急いだ。もう、元気になっているだろうか。何も食べてないからお腹すいてるだろうし、一緒にどっか食べにでも行こうかな。
そんなことを思いながら保健室へと行き、そっとドアを開ける。
まだ、寝ているのだろうか。だったら起こしてはいけない。そう思って足音をたてないように歩いて、でも立ち止まる。カーテン越しに人影が見える。誰か、いるようだった。
先生ではないようだし自分以外にユズっちを心配して傍らに座る人なんているのだろうか。ユズっちの家族といえば・・・。
そんなことを考えていると声が聞こえてきた。
「おーい。芽衣ってば」
聞き間違えのないユズっちの声。芽衣?ってことは会長か??何故会長がいるのだろうと思ったが、そういえば会長はユズっちの妹なのだということを思い出す。
一応家族として心配して来たということだろうか。
「もう、大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね芽衣。時間大丈夫?」
「ええ」
なんだ、謝ることなんてないのに。相変わらずユズっちは優しいな、なんて思ってたあたしは次に耳に入ってきた言葉に驚く。
「キス・・・」
「え?」
「朝、キスしなかったから」
キス??なんだ。何言ってんだ会長は。彼氏とのことでも言っているのだろうか。今する話かよ、と思いながら次に聞こえてきた言葉に耳を疑った。
「キスしてたら、体調が悪いって気づけたのに」
は??何言ってんだこいつ。体調が悪いって気づく?どういうことだろう。さっぱりわからないあたしの混乱した頭の中にまた聞こえてくる会話。
「・・・唇の温度でわかるのかな?」
「そうね」
なんかすごい会話を聞いてしまったような。でもいまいちまだ意味がわからなかったあたしは、黙ってそのまま二人の会話を聞く。何故か固まって立ち去れない。
「・・・キス、したかった?」
ユズっちの少し低くて優しい声。
少し間があったあと、たぶん布団をがばっとはぐ音とが聞こえてきて。
「じゃあ、今してあげる」
カーテン越しに二人のシルエットが重なって。それで、あたしは理解してしまった。二人は、そういう関係なのだということを。

「ユズっち!もう大丈夫か〜!」
次の日。あたしは学校の玄関でユズっちを見つけて、思い切り抱きついた。ユズっちからあたしにくっついてくることは多々あるが、あたしからというのはたぶんこれが初めてだ。
「はるみんおはよ〜。昨日は心配かけてごめんね」
屈託のない笑顔のユズっちの体は細くて柔らかかった。
「いや〜ユズっち重いから運ぶの大変だったなあ」
「えー。はるみんひどい〜」
じゃれあいながら教室へと向かう。
あたしの恋は前途多難だな、と思いながら。



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